地球環境にやさしく安全性に優れた“地上の太陽” 核融合(フュージョン)エネルギーを実現する研究開発が世界規模で進められています。2024年11月8日、神津カンナ氏(ETT代表)とETTメンバーは、超大型国際プロジェクト「核融合実験炉ITER(イーター)」計画の国内機関として大きな役割を果たす国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(以下QST)那珂フュージョン科学技術研究所(以下那珂研 : 茨城県那珂市)を見学し、核融合エネルギーの意義、しくみ、進捗状況などを学びました。
JR水戸駅から車で約40分、QSTに着いたメンバーは、多目的ホールにて「フュージョンエネルギー実現に向けて」と題されたスライドを見ながら概要説明を受けました。
【太陽のエネルギーは核融合で発生している】
「核融合」とは、水素などの軽い原子核が猛スピードで衝突してヘリウムなどのより重い原子核に変わる(融合する)ことで、その時に大きなエネルギーが生み出されます。太陽は地球の約33万倍もの質量を持つ巨大なガスの塊です。そのガスは3/4が水素からできており、この大量の水素が圧縮されて高気圧で1,500万℃という高温の状態になると、中心部分で水素の原子がヘリウムの原子に変換される核融合という反応が起こり、莫大なエネルギーを生み出します。地球に1秒間に届く太陽放射のエネルギー量は、1.75×1014kW=約175兆kWと、大きな火力発電所3,000万個分ぐらいのエネルギー量に匹敵します。QSTでは太陽のエネルギーを地上で実現しようと「地上に太陽を!」を合言葉に、70年にわたり研究開発をしています。
【核融合の優れた4つの特長】
①豊富な燃料資源
地上で核融合を実現するためには燃料に重水素+三重水素を使用します。重水素は海中に豊富にあり、三重水素(トリチウム)も同じく海中に豊富にあるリチウムを介して製造できます。
地上で核融合を起こすためには太陽のように高密度をつくることはできないので、代わりに燃料を1億℃以上の高温度に加熱し、原子核と電子がバラバラになって飛び回るプラズマ*状態にすることが必要です。プラズマによって重水素と三重水素の原子核が融合すると、ヘリウムと中性子ができます。この中性子に、地中に存在するベリリウム(中性子増倍材)を当てると、1つの中性子からヘリウム2個と中性子2個ができます。この中性子にリチウム(トリチウム増殖材)を当てるとそれぞれ三重水素とヘリウムができるので、元々1個だった三重水素が2個になり、無限に三重水素を使い続けることができます。
*物質の第4状態(固体→液体→気体→プラズマ)
②優れた環境性
核融合ではCO2は発生しません。核融合炉から放射性廃棄物は一部出ますが、100年後にはほぼ手で触れるレベルの放射性廃棄物だけになります。
③高い安全性
原子力発電の「核分裂」の場合は、重い原子核(ウラン)が分裂してエネルギーを発生し、連鎖反応が起きるため、暴走しないよう調整(制御棒)が必要です。また、燃料を数年分、炉の中に置いておくため、何かのトラブルで一旦制御できなくなると反応し続けることになります。一方「核融合」の場合は、軽い原子核同士が融合してエネルギーを発生し、連鎖反応は起きません。また、必要な量しか燃料を入れないので、ガスコンロと同じで燃料の元栓を締めれば反応は止まります。
④発電効率がよい
核融合燃料(重水素+三重水素)1g=石油8トン分のエネルギーに相当するので、少ない燃料でたくさん発電できます。
【トカマク型発電炉のしくみ】
核融合炉の中で一番研究が進んでいるのは「トカマク型」と言われています。超伝導コイルを円状に並べた中に電流を流してドーナツ状の籠の磁場をつくり、真空容器内にプラズマを閉じ込めて加熱します。その熱で水から蒸気をつくり、発電タービンを回して電力を取り出します。
【核融合エネルギー開発の戦略】
日本では2023年4月「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」が策定され、国レベルで研究開発が進められています。
■試験装置JT-60(1985〜2008年)
前身の那珂核融合研究所に建設した世界最大級の実験装置で、最高イオン温度5.2億度(世界第1位)、エネルギー増倍率*1.25(世界第1位)、高圧力継続時間28.6秒(世界第1位)、プラズマ維持時間65秒を達成し、世界の核融合研究をリードしてきました。
JT-60SA(2020年〜現在)
日欧協同事業BA(幅広いアプローチ)活動のサテライト・トカマク(ST)計画として、精度の高い組み立て技術を開発してJT-60を超伝導トカマク装置に改修し(直径13.5m×高さ15.5m:世界最大)、長時間のプラズマ維持時間(100秒程度)を目指しています。2023年10月23日にファーストプラズマを達成し、プラズマ体積を160㎥(高さ約4m)まで拡大しました(ギネス世界記録)。これらの実験成果を実験炉ITERへ反映させて支援します。
*プラズマを温めるために必要な入力エネルギーと、核融合で生成される出力エネルギーとの比。
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■核融合実験炉ITER(イーター):核融合燃焼の実証で熱出力50万kWを目指す
世界35カ国・7極(日本、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、中国、韓国、インド)が協力して南フランス*に2007年建設開始、2020年組み立て開始(直径30m×高さ30m、JT-60SAの約2倍)、現在は必要な施設の8割以上完成。建設工程を見直したものの、「核融合運転」の開始時期は、2035年を維持する見通しです。原型炉を見据えた技術目標として、誘導運転においてエネルギー増倍率10以上、300〜500秒の核融合燃焼実証を目指しています。
*サン・ポール・レ・デュランス(マルセイユから車で約1時間)
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■原型炉:発電実証で電気出力数十万kW目指す(今世紀中葉)
発電プラントではエネルギー増倍率30〜50の定常運転が必要です。BA活動で、ITERではできない高圧力プラズマの長時間生成を補います。
【那珂研の概要】
那珂研は国の政策に基づき、国際協力のITER計画および日欧共同のST計画に取り組み、JT-60SAを用いた研究開発を進めています。ITER計画では〈日本が調達する機器の製作〉〈現地組み立て支援〉〈人材派遣〉を行い、ST計画では〈機器製作〉〈組み立て〉〈運転〉〈保守〉〈プラズマ実験〉などを実施しています。100ha(東京ドーム25個分)の敷地内にはJT-60SA、超伝導コイル試験設備、高周波試験設備、中央変電所などいろいろな施設があり、職員270名+派遣など152名、計400名弱の方々が従事されています(2024年11月現在)。また、人材育成として、日欧の学生・若手研究者・講師を招いて「JT-60SA国際核融合スクール」を定期的に開催しています。
制御棟に行き、JT-60SAの研究者の方から説明を受けました。ロビーにはJT-60SAの大きな丸い断面図(直径約3m)が展示され、ITERはこの倍の大きさでプラズマを起こすと聞いて驚きの声が上がりました。さらにJT-60SAを映したモニターには、見学中のメンバーの姿が映し出され、装置のサイズ感がわかる工夫もされていました。壁には日欧の研究所や企業のロゴがずらりと展示されており、那珂研では日欧の多くの研究者が、難しいとされる磁場のかけ方などについてさまざまなアイデアを出し合い、JT-60SAをよりよくしてITERに反映させようと日々研究をしているそうです。なお、ITERは発電を行いませんが、青森県にあるQSTの六ヶ所フュージョンエネルギー研究所(以下六ヶ所研)では日本の産業界が集まり核融合発電の研究開発も進められています。さらにロビーの奥へ進むと、研究者の方が趣味でつくられたという、JT-60SAの1/25スケールモデルが置かれていました。実物はステンレスで覆われているそうですが、模型は中が見えるように木造で精巧につくられ、18個の超伝導コイルがドーナツ状に設置されている様子もよくわかりました。
次にJT-60SAの中央制御室を見学しました。広い部屋にはデスクが並び、大きなメインモニターが置かれています。安全運転のための監視のほか、コイルに流す電流を変えて磁場の条件を変更し、プラズマの状態の変化を見る実験などをしているそうです。実験の一例として、左画面に装置内部の映像、右画面にプラズマの出現と、磁力線の状態を測定した画像を同時表示した、臨場感あふれる様子も見せていただきました。
機器収納棟に移動して2階に上ると、2008年まで実験で使われていたJT-60の巨大な赤い磁場コイルがドーナツ状に並んで保管されています。ガラス越しに、その迫力に圧倒されました。JT-60は断面が丸型の常伝導コイルでしたが、40年の研究を経て、現在のJT-60SAとITERには強力な磁場をつくるD型の超伝導コイルが採用されています。研究開発の一番の課題を伺うと、「経済的に見合うかどうか」という点を挙げられました。
より安くコンパクトなサイズにすると出力がどうなるか、今はスーパーコンピュータを使って予測できるようになっていることや、中性子に耐えられる装置の寿命がどのくらいか、といった六ヶ所研で研究が行われていることなど、「いろいろ課題もあるが研究開発を進めているところです」と答えられました。また、研究人材についての質問には、「個人的にはJT-60SAの実験結果を学会だけでなく、一般の方にもっとアピールすることでワクワク感を発信して興味をひき、若い人をもっと採用したい」との答えに一同うなずきました。
ヘルメットをかぶり、運転音が鳴り響くJT-60付属実験棟へ入り、「ITER用電子サイクロトロン波加熱装置の開発」と題されたスライドを見ながら説明を受けました。核融合炉で1億℃以上のプラズマをつくり出すため必要になるのが、那珂研とキヤノン電子管デバイス株式会社で共同開発している「ジャイロトロン」という円筒型の真空管装置(高さ3m・重さ800kg)で、周波数170ギガヘルツ、パワー1MW(電子レンジ500W×2,000台分)の電磁波を装置横の丸い窓から出力します。ITERでは100m以上の遠方からジャイロトロン全24機の電磁波を伝送し、プラズマを加熱する計画です。那珂研では1991年にジャイロトロンの開発を開始し、1997年に出力窓が電磁波で割れないよう人工ダイヤモンド窓に変え、2007年に1MW・800秒運転を実証しました(世界初)。メンバー全員で、人工ダイヤモンドの熱伝導率の高さを確かめる実験をしました。人工ダイヤモンドの板を手に持って氷に当てると、氷に手の暖かさが伝わってヌルヌルと切れると同時に、手に氷の冷たさが伝わるのを感じました。
ITERジャイロトロン実機のうち日本の調達分は8機です。2024年3月に性能確認試験を終えたとのことで、1〜6号機はフランスへ輸送済みで、2025年1月に輸送予定の7,8号機は木箱に収納されていました。応用例として、ジャイロトロンの電磁波でロケットを飛ばす研究も東京大学との共同研究で進めているそうです。最後に多目的ホールに戻り、質疑応答が行われました。
Q.核融合で発電できる原型炉に進むため、実験炉ITERで必要なことは?
A.那珂研で研究開発したブランケット(プラズマを取り囲む熱変換機器)が実際に使用できるか、高圧力のプラズマを本当に長時間維持できるかなど、実証を積み重ねながら次のステップ(原型炉で発電)につなげていくことが大事。また、ITERを支援するJT-60SAはヨーロッパが日本に数百億円投資しているプロジェクトとして注目されており、今後も共同でしっかりやっていく。
Q. 核融合反応を起こす方式として「トカマク型」(磁場の籠+プラズマに電流を流し閉じ込める)のほかは?
A.日本では、ねじれたコイルを使い閉じ込める「ヘリカル型」(核融合科学研究所:岐阜県)、強力なレーザーで瞬間的に反応を起こす「レーザー型」(大阪大学レーザー科学研究所)も研究開発されている。我々は「トカマク型」が優良と考えているが、研究開発が進むうち、原子力発電のように新しい方式に変わるかもしれない。大切なのはどの方式であろうと、世界の中で日本がイニシアチブをとって核融合エネルギーを最初に実現し、日本の技術力を産業化していくことだと考えている。
Q.日本の技術は素晴らしいのに、ITERはなぜフランスにつくられることになったのか?
A.ITERの建設地をどこにするか、日本では青森県六ヶ所村を候補地として10年位かけて国際交渉を続けてきたが、最終的にはフランスの大統領がヨーロッパにつくりたいという強い意志が示され、政府間のやりとりの中でフランスが勝ち取った。
今日は一日、核融合エネルギーを実現するため切磋琢磨されている世界最先端の研究開発について、研究者の方々の生の声を聞き、大迫力の実験装置や映像などを見て、多くの知見と発見を得られた刺激的な見学会となりました。
那珂市にある「那珂フュージョン科学技術研究所」を訪れた。ここは今、核融合実験炉の研究をしている施設の中でも最先端の一つだ。核融合発電の詳細は理系ではない私には難解だが、丁寧な説明を受け、理解の入り口に立ったように思う。しかし核融合発電について理解することと同時に、今回は核融合を通して「研究」というものを、時間や資金や夢の観点から考える良い機会になった。
いつも言っていることだが、内燃機(ガソリン)自動車と電気自動車は、ほぼ同時期に開発された。しかし電気の扱いの難しさや資金、世界情勢などさまざまなことでガソリンがイニシアチブを取り、現在に至っている。しかし脱炭素の時代になり電気自動車はにわかに脚光を浴びるようになった。
今日の電気自動車の隆盛は、電気自動車の研究開発を地道にずっと続けてきたからであろう。それを思うと核融合発電も、昔から取り沙汰されていたが、長い時間の中で粛々と研究を続けてきたものが今、花咲こうとしている。
那珂研でも、職員はもちろんのこと、研究者のOBが丁寧な説明をしてくれて、そのことに私は胸が熱くなった。
「研究者は自分のそれまでの研究を箱につめて棚に上げるまでが仕事だ」とあるノーベル賞受賞者が言った。そして「箱を本人が開ける時があるかもしれないが、後年、顔も名前も知らない若い学者が開けるかもしれないからだ」と続けた。
その意味がようやく分かったように思う。「地上に太陽を!」という思いが完成する日も遠くない。私は研究というもののあり方を、那珂研で体感したように感じた。
神津 カンナ