特集

エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

ENEOS株式会社 中央技術研究所・根岸製油所見学レポート【メンバー視察編】
エネルギー供給企業の責務として「環境保全」に取り組む

ENEOSグループはエネルギー・素材の供給を担う企業の責務として行動基準に「環境保全」を掲げ、持続可能な社会の形成に向けた取り組みを進めています。2024年11月19日、神津カンナ氏(ETT代表)とETTメンバーは、研究開発でエネルギートランジション(転換)実現を推進するENEOS株式会社(以下ENEOS)中央技術研究所(神奈川県横浜市)と、緑地帯を設け生物多様性保全に取り組む根岸製油所(同市)を見学しました。

豪州産CO2フリー水素サプライチェーン構築を実証

JR東京駅から車で約60分、ENEOS 中央技術研究所に着いたメンバーは、ホールにて「カーボンニュートラル社会の実現に向けたENEOS中央技術研究所の取り組み」と題されたスライドを見ながら所長から概要説明を受けました。ENEOSグループは長期ビジョンとして、「エネルギー・素材の安定供給」と「カーボンニュートラル社会の実現」の両立を掲げ、化石燃料からのエネルギートランジションへの挑戦を進めています。さらにカーボンニュートラル社会においても、国内一次エネルギーの2割(SAF・水素・合成燃料で最大シェア)を供給するメインプレイヤーを目指しています。中央技術研究所ではカーボンニュートラル(CO2フリー水素・合成燃料・バイオ燃料・使用済タイヤ・プラスチックを活用したケミカルリサイクルなど)をメインに研究開発を推進し、デジタル・解析技術、オープンイノベーション(社外との連携)、潤滑油や機能材の研究開発などにも注力しています。2024年度は、実用化に向けての実証(4)、実証に向けての開発(18)、事業に将来影響をおよぼし得る最新技術の調査・探索・コンセプト検証(42)の計64のテーマに取り組んでいるそうです。

【水素への取り組み〜製造工程を簡略化、低コストに寄与】
日本の一次エネルギー供給量をすべて国内再エネで賄う場合*、太陽光パネルに必要な面積は日本の全平地の1.1倍となり、足りないだけでなく、太陽光発電コストが10円/kWh超になりますが、オーストラリアから輸入した場合、オーストラリアの広大な砂漠の5%に太陽光パネルを設置すると日本の全量分が賄えるほか、コストも2円/kWh程度と桁違いに安くなるため、再エネは豊富かつ安価な海外から水素や合成燃料(エネルギーキャリア)の形での輸入が現実的とENEOSでは想定しているそうです。そのためには海外で再エネから水素を製造し、国内へ海上輸送する「CO2フリー水素サプライチェーン構築」が鍵になるとのことです。水素やアンモニアは相当数の輸入・利用が必要となり、現在日本ではCO2フリー水素キャリアとして、有機ハイドライド(水素を大量に含む有機物)の一つであるメチルシクロヘキサン(MCH)、液化水素、アンモニアの3つが主に検討されています。それぞれ一長一短がある中、ENEOSではMCHの利活用に注力しています。MCHは常温・常圧の液体で、水素を化学結合により化学的に安定した状態で貯蔵できるうえ、ガソリンのような性質を持つため石油業界の既存流通インフラ(タンクや輸送船など)を有効活用して初期投資を大幅に削減できるメリットがあるからだそうです。
*太陽光発電50MW/㎢、利用率0.12の場合。

【MCH方式に関するENEOS独自の技術開発】
●Direct MCH®
(MCHを直接電解合成する技術) 
MCHの製造工程を簡略化し、低コストに寄与できる。2019年3月、CO2フリー水素を低コストで製造する世界初の技術検証に成功した。
●MCH-FC (MCHをFC:燃料電池で直接発電する技術) 
MCHを使うクリーンな発電技術開発も推進中で、シンプルな構成による「高効率発電」と、海外の再エネを日本に運び電気として使う「分散型電源」の実現が期待される。

CO2フリー水素サプライチェーンを支える2つの技術〜Direct MCH®とMCH-FC〜

ENEOSは海外の再エネで水素を製造し、MCH方式(MCHとトルエンの間で水素の吸脱着を繰り返して水素を運ぶ方法)による水素製造を進めています。

【合成燃料への取り組み〜日本初、合成燃料製造実証プラントで実証中】
「合成燃料」はCO2フリー水素と大気や産業排ガスなどから回収したCO2により、触媒を用いた合成反応で製造される液体燃料です。既存インフラ設備を活用して、ナフサ・ガソリン・ジェット燃料・軽油製品を製造でき、CO2を大気に排出しても元々大気中にあったCO2を活用しているため、ネットゼロカーボンが実現します。ただし合成燃料はまだコストが高く、「経済産業省 合成燃料研究会中間とりまとめ(2021年4月22日)」によれば、水素価格が100円/N㎥である日本でつくると約700円/Lになりますが、将来的に20円/N㎥まで価格が下がれば、製造コストは約200円/Lまで低減すると試算されています。現在、世界各地で合成燃料プロジェクトが立ち上がって2020〜2030年にかけて技術実証が実施されており、EV推進をうたうヨーロッパにおいては特に技術開発が進められています。

ENEOSは、CO2フリー水素とCO2を原料とした合成燃料を一貫製造できる日本初の「合成燃料製造実証プラント」を研究所内につくり、見学当日も稼働させていました。
①水素とCO2を反応させる「合成ガス製造」→ ②合成ガスから合成粗油を製造する「FT*合成」→ ③合成粗油からジェット燃料・軽油・ガソリンなどを製品化する「アップグレーディング」の一貫製造開発を推進し、運転を通じて「コスト低減に向けた各反応工程の性能向上」と「プロセス全体の高効率化」に取り組んでいます。
*フィッシャー・トロプシュ法:一酸化炭素と水素(合成ガス)から触媒反応を用いて液体炭化水素を合成する一連の過程。
※本事業は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP21022)として実施しています。


 

【Direct MCH®の取り組みについて】
石油精製の技術を使ってMCHをつくる技術はDirect MCH®以前からあり、再エネ由来の電力で水の電気分解を起こして水素ガスをつくり、高温高圧下でトルエンと触媒反応させるとMCHができます。Direct MCH®は「水素ガスをつくってトルエンと反応させる」工程を省き、特殊な電解槽を用いて再エネ由来の電力で水とトルエンから直接MCHをつくる技術だそうです。プラントの構成が簡潔になるだけでなく、水電解に比べて熱力学的に必要なエネルギーも小さいため、より効率的なプロセスとして期待できるとのことです。ENEOSはオーストラリアで再エネを使ってDirect MCH電解槽で製造したMCHを日本に輸送し、脱水素製造装置で水素を取り出し、2023年6月横浜綱島ステーションで燃料電池バスに充填して走行させることに成功しました。水素を取り出した後のトルエンはオーストラリアに戻り、MCHの製造に再利用されました。これはMCH/トルエンという水素エネルギーキャリアとしてのリサイクル利用を兼ねたグリーン水素の国際間輸送に関する世界初の実証だそうです。製造した水素は火力発電所の燃料としても利用できます。ENEOSではプラントの技術開発と並行して、合成燃料の認知度向上を目的に、プラント完成式典や、トヨタのプリウスに合成燃料を充填した走行デモンストレーションなども実施しています。
※本実証は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP21017)として実施しています。

石油製品に替わる合成燃料の製造技術確立へ

ヘルメットをかぶり、2班に分かれて構内の「合成燃料製造実証プラント(生産量1バレル/日)」に向かいました(以下A班)。構内を少し歩くと、スイスのClimeworks社のロゴが記された「DAC(Direct Air Capture)」装置が設置されていました。大気中の低濃度(約0.04%)のCO2を約100%の純度で、1日当たり約75kg回収できます。手前の回収口から送風機で大気を数時間吸い込み、CO2をフィルターに吸着して溜め込んだら自動的に蓋を閉じ、CO2を除去した空気を後ろから放出します。吸着したCO2は約100℃に加熱してタンクに回収し、圧力をかけて「合成燃料製造装置」へ持って行きます。「DACで大気から回収したCO2を液体燃料の原料に使いたいと考えている。将来の技術ではあるが課題を明らかにして改良を早く考えるため、アジア太平洋地域で初めて購入した」と説明がありました。DACはCO2の放出に加熱が必要なため、地熱発電が盛んなアイスランドなどで導入されるケースが多いそうです。湿度の低いヨーロッパ生まれの装置だけに、高温多湿の日本では湿気も一緒に吸ってしまう課題も含めて検証中とのことです。

次に、DACの隣に設置された「水素製造設備」の前で説明を伺いました。四角い設備から運転音が聞こえ、中を見ることはできませんでしたが、水の電気分解により水素をつくり、続く合成ガス製造工程へ送っています。構内を歩くと、DACから回収したCO2を送る細い配管と、水素製造装置で製造した水素を送る太い配管が通っていました。また、2026年度竣工予定の新研究棟の建設地も見えました。いろいろな分野の研究者達がコミュニケーションできる場となるそうです。

最後に、高さが違う2つの建屋の前に来ました。製造した合成ガスは、背の低い建屋の中で圧力を高くしてから、背の高い建屋にある「FT反応設備」へ送り、原油に似た合成粗油(液体炭化水素)に変換し、その後「アップグレーディング設備」で合成燃料に仕上げます。炭素を鎖状に繋げていく触媒や、合成燃料の元になる透明な合成粗油を見本で見ることができました。

構内の見学後、部屋に入り、所員の方から「水素キャリアMCHを電気化学的につくる技術〜Direct MCH®」についてさらに詳しく説明を受けました。テーブルの上に「水素26L」と書かれた大きなアクリルボックスと、「MCH50mL」と書かれた透明な液体が入った小さなボトルが置かれています。小さなボトルで両腕で抱えるほどの水素を閉じ込められるとの説明で大きさの比較は一目瞭然で、MCHの持ち運びのしやすさがよくわかりました。

実証はオーストラリアのクイーンズランド州ブリスベン市にあるブリュワー島で行われ、250kWの太陽光発電パネルと150kWの中型電解槽プラントが設置されたそうです。ビデオには、建屋内部にはDirect MCH電解槽やポンプ、タンクなどの機器が設置され、現地のオペレータが中心となって制御室でコントロールされている様子が映っていました。

Direct MCH®技術の開発計画はオーストラリアからの輸送実証のほか、電解槽のスケールアップも並行して実施されています。〈〜2018年〉高さ10cm×横幅10cm「小型電解槽」→〈2019〜2020年〉高さ1.4m×横幅10cm 「高さ合わせ電解槽」→〈〜2022年〉高さ1.4m×横幅2.3m 「中型電解槽」でMCH製造400L(ドラム缶約2本分)/日→〈〜2025年〉「大型電解槽」でMCH製造3,000L/日(商用化)へと拡張する計画だそうです。研究所内で研究開発された「小型電解槽」と、オーストラリアの実証で使われた「中型電解槽」用の黒い電解質膜(実寸大)を比較して見て、研究開発の進展を体感できました。商用機サイズとなる「大型電解槽」は中型と同面積ですが、1つの電解槽に電解質膜を100枚程度組み込み、MCHの製造量を10倍以上に増やすのだそうです。Direct MCH®プラントイメージ(オーストラリアでの建設イメージ図)を見ると、風力発電(21km×21km)と太陽光発電(7km×7km)の広大なエリアの一角にDirect MCH®電解槽(700m×400m)が並んでいます。今後は「大型電解槽」の開発や大規模実証などを行い、「CO2フリー水素サプライチェーン構築」を目指します。最後に質疑応答が行われました。

Q.商用化に向けてのネックは?
A.
前回のオーストラリア実証では「中型電解槽」の中に電解質膜が6枚しか入っていないが、「大型電解槽」で商用化すると100枚単位で量産化、しかも低コストでできる技術が必要なので準備しているところ。また、水素の普及にはコスト低減が欠かせない。
Q.
Direct MCH®を使うサプライチェーンのターゲットは横浜市あるいは日本のみ?
A.
2030年代の商用化を目指し、日本全国でサプライチェーンを組めるよう準備していきたい。この技術が完成すると安価な再エネが海外から調達できるので、日本同様に再エネを自前で賄うのが厳しい韓国やシンガポールなどから引き合いがあれば将来使ってもらうことも考えている。

生物多様性保全活動に取り組む“根岸製油所の森”

車で10分、ENEOS根岸製油所に着き、見学ホールで「ようこそグリーンリファイナリーへ(緑豊かな都市型製油所)」と題されたスライドを見ながら所長と挨拶し概要説明を受けました。日本の製油所は全国に計20カ所(原油処理能力323万バレル/日)あり、ENEOSグループは約半分の計9カ所、根岸製油所では全国の約5%に当たる15.3万バレル/日の原油処理能力を有し、ENEOS社員約680名(内 交代勤務約380名)、常駐協力社員約600名の方々が従事されています。根岸製油所は前身の日本石油により1964年に操業開始し、日本最大級の製油所と言われていましたが、時代の流れで生産量は半分以下に縮小されました。中東産油国より、タンカーから製油所のタンクに運ばれた原油は加熱され、トッパー(常圧蒸留装置)を通してLPガス/ナフサ/灯油/軽油/残油に分けられ、精製後に商品化され、海上、タンク車(貨車)、東京・神奈川・埼玉の近場へはタンクローリーで出荷されます。根岸製油所は植物生まれのバイオエタノールを配合した「バイオETBE」のENEOS唯一の生産拠点で、ガソリンにブレンドするとカーボンニュートラルになります。また、超重質油(アスファルト)を燃料としたガス化複合発電(発電能力431,450kW 送電量342,000kW:横浜市の4割を賄える規模)も行っています。

 

根岸製油所は東京湾に面して横浜市の磯子区と中区にまたがる敷地面積220万㎡(東京ディズニーランドの約4倍)を持ち、住宅に隣接する敷地境界線沿いに3つの池を含む6万㎡の緑地帯(グリーンベルト)を設けています。2016年から“工場の中の里山”づくりを始め、木道整備、池の清掃、野鳥観察舎の整備、植物・昆虫などのモニタリングを実施したところ170種類の昆虫なども観察され、2023年度には環境省の「自然共生サイト」に認定されました。“根岸製油所の森”は周辺の緑地(三渓園、根岸森林公園、本牧山頂公園)とともにさまざまな生き物が暮らす「地域の生態系ネットワーク」の一つになっており、環境教育の場としても活用されています。

当日は4年に一度のメンテナンスで全装置停止だったため、緑地帯の見学のみとなりました。構内を車で移動中、先程説明があった丸いタワー型のトッパーや、白い煙突がある発電設備、消防車庫などが車窓から確認できました。原油タンクは17基中14基使用中で、一番大きい10万kLタンクは野球場がすっぽり入る大きさだそうです。また、原油受け入れ桟橋は大型タンカー用に532mもあるそうです。所員の方の説明が聞きやすいようにイヤホンを付けて車を降りると、緑に覆われた光と風が心地よい小道が池に沿って整備されていました。池の前には、のぞき穴のある野鳥観察舎が設置されています。池には、太陽光発電で水を対流させる水質改善装置が浮いていました。鳥の鳴き声と高速道路を走る車の音を聞きながら進むと、貨車用鉄道線路の枕木を再利用した遊歩道や、太陽光発電で動く自動草刈り機がありました。また、池の中に網籠を設置し、生態系に影響を与える外来種(ウシガエル、アメリカザリガニなど)の駆除にも取り組み、網籠の中にはアメリカザリガニのほかに駆除対象外のモクズガニが捕獲されていました。階段を上ると、放牧による除草のために期間限定でヤギが3頭飼われており、葉っぱを持って餌やりする体験もできました。今日はエネルギー供給企業が責任を持って「環境保全」に取り組む姿や思いをさまざまな角度から見聞きでき、有意義な見学会となりました。


懇談を終えて

かつて「エネルギー」は電気・ガス・石油の三つに厳然と分かれていた。そのため、電力会社、ガス会社、石油会社はなんとなくその持ち分を守っていたが、エネルギートランジションと言われるようになり、すべてが総合エネルギー供給会社になった。その「総合エネルギー供給会社」は今どのようなことを研究開発しているのだろうか。その実態を見たくてENEOSの中央研究所と根岸製油所を訪れた。世の中は電気の時代になろうとしている。その電気を何で作るか。石油やガスはカーボンフリーを求めて頑張っている。もちろん電力会社もだ。原子力や水力だけではない、新しいクリーンな電気の作り方を模索しているのだ。 みな奮闘している。その様子が説明する人の紅潮した頬に溢れている。それを随所に見て、私は胸が熱くなった。 構内を歩くと、地域の生態系ネットワークの一つである根岸の森が広がっていた。除草のために飼われている山羊もいて、思わず京浜工業地帯にいることを忘れてしまいそうだった。 森の中から見える、役目を終えた石油タンクを見ながら、私は「今」を見るような気持ちになった。 「自然」と「厳然と日本を、いや世界を支えた石油」と「未来のエネルギー」を構築しようとするエネオスの人々。この三つ巴の解をなんとか出そうとしているのが、晩秋の根岸に、はっきりと見えたように思った。

神津 カンナ

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