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エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

三菱重工業株式会社 長崎カーボンニュートラルパーク見学レポート
歴史あるコングロマリットの多彩な技術と知見で脱炭素化へ

重工業は脱炭素化が難しい分野と言われますが、三菱重工グループは2040年カーボンニュートラルを目指す「MISSION NET ZERO」を宣言し、脱炭素化の技術開発に取り組んでいます。2025年2月19日、神津カンナ氏(ETT代表)はその拠点の一つである三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)の「長崎カーボンニュートラルパーク」(長崎県長崎市)を見学し、研究開発の概要や進捗状況などを伺いました。

日本の重工業発祥の地を脱炭素化の研究開発拠点に

長崎空港から車で約60分、三菱重工グループの長崎地区へ向かう車中でも簡単な説明を伺いました。三菱重工は、1857年(安政4年)に建設が着手された長崎造船所(徳川幕府 長崎鎔鉄所)を1884年(明治17年)に借り受けた岩崎彌太郎により創立され、民営化後も戦艦「武蔵」をはじめ多数の艦船を建造したことで知られています。現在、長崎造船所は長崎工場、香焼(こうやぎ)工場、諫早工場の3工場を拠点として、エネルギー関連では火力発電プラント/地熱発電プラント、舶用機械、航空機用エンジン部品、インフラ関連では大型LPG/アンモニア輸送船、防衛・宇宙関連では護衛艦、魚雷投射ロケットなどを製造しています。

長崎造船所は日本の重工業発祥の地として、明治時代から5つの世界遺産を引き継いでいます。見学当日はそのうち、明治の名建築として今も迎賓館として使われる「占勝閣」の館内を特別に案内いただいたのをはじめ、日本で初めて設置された当時の最新式電動クレーン「ジャイアント・カンチレバークレーン」といった貴重な世界遺産も間近で見学できました。また(三菱重工の歴史を展示する)史料館として使用されている「旧木型場(世界遺産)」が工事中のため、長崎工場に設けられた本館展示ギャラリーにて、パネルなどを見ながら企業の歴史の説明を受けました。「長崎地区では造船業と並行して石炭火力の性能向上による低炭素化をメインとした発電プラント事業を続けつつ、脱炭素化への燃料転換を図る研究開発を推進しています」と説明がありました。その後、長崎造船所から車で約30分、三菱重工がグループのエネルギー脱炭素化に関する技術開発を推進する中心拠点「長崎カーボンニュートラルパーク」の見学へ向かいました。

各国の特性に最適な脱炭素化技術を幅広く開発

「長崎カーボンニュートラルパーク」は長崎地区にある既存の開発・設計・製造拠点を活用し、総合研究所(研究開発)、長崎工場(設計・製造)、香焼工場(製造)の三位一体で、脱炭素技術を開発するため2023年に運用開始されました。まず総合研究所にて概要説明を受けました。三菱重工グループが政府目標を10年前倒して2040年カーボンニュートラルを目指すMission NetZeroを宣言した理由は、「顧客に納める機器のCO2を排出する量が大きいので、率先してネットゼロ実現を目指すことでバリューチェーン全体を通じた社会に貢献するため」だそうです。

◾️脱炭素技術のグローバル戦略

太陽光や風力は天気まかせなので、再生可能エネルギー(以下、再エネ)でつくった電気は貯めておく必要があります。電気を貯めるデバイスにはリチウムイオン電池や揚水水力発電もありますが、大量の電気を数日間貯めるには水素かアンモニアにして貯蔵する方法が経済的です。再エネが豊富でコストが安い欧米・南米では再エネで製造するグリーン水素を製造・貯蔵後に地産地消するのが経済的ですが、再エネが乏しくコストが高い日本・韓国では輸送効率が高いアンモニア利用の普及とともに、既存の天然ガスインフラを生かして水素を生成できるターコイズ水素への期待が高くなっています。また、安い化石燃料に依存せざるを得ない東南アジアでは既存技術の“減”炭素化が求められています。このように、国によって最適なカーボンニュートラル技術は異なり、三菱重工ではこれらをカバーできるよう、さまざまな技術を開発・実証しています。


◾️三菱重工のゼロエミッション発電技術開発ロードマップ

【水素ガスタービン開発】
ガスタービンは三菱重工の主力製品で、最新鋭の高効率天然ガス焚きJAC形ガスタービンは既存の石炭火力ボイラーから置き換えるだけでCO2を65%削減でき、すでに世界中で148台受注しています(J形 2025年2月末時点)。さらに部品の燃焼器を交換すると燃焼時にCO2を排出しない水素による発電を実現できます。2022年にアメリカの発電所にて水素20%混合燃料による世界最大の水素混焼実証試験に成功後、2023年には三菱重工のもう一つの研究開発拠点「高砂水素パーク」(兵庫県高砂市)内のGTCC実証発電設備にて水素30%混焼に成功しました。2025年後半にはアメリカのユタ州で、西海岸の安価な再エネ電力を使って水電解によりグリーン水素を製造後、同州に存在する地下岩塩空洞に貯蔵し、必要時に取り出して水素ガスタービンで発電する水素発電プロジェクトがスタートします。水素30%混焼から始めて2045年までに100%専焼を見据えています。

【高砂水素パーク】
三菱重工は水素ガスタービンの早期商用化に向け、水素製造から発電利用まで一貫実証できる「高砂水素パーク」を2023年に稼働させました。同パークは水素の製造・貯蔵・利用の3エリアに分かれ、「製造」エリアではアルカリ水電解装置を設置しているほか、自社技術により開発を進めている高温水蒸気電解(SOEC)、AEM水電解、ターコイズ水素製造技術についても、「長崎カーボンニュートラルパーク」で要素技術を開発した上で、統合的に実際の運転条件で長期実証を順次行う計画です。製造した水素は、「貯蔵」エリアに設置したボンベに貯蔵。また、水素燃焼の実機検証は、「利用」エリアにある大型のJAC形ガスタービン(45万kW級)および中小型のH-25形ガスタービン(4万kW級)を使って実施されます。


各専門分野の研究者を総動員して新しい技術に挑む

研究開発中の各技術の概要説明を伺った後、「長崎カーボンニュートラルパーク」内でそれぞれの装置などを見学しながら改めて詳細な説明を伺いました。

①アンモニア燃焼技術
アンモニアは水素より液化しやすく、生産・輸送・保管する既存のインフラ技術を使用できるメリットがあります。また、ボイラーやガスタービン、燃料電池の燃料として直接燃焼や、水素化が可能です。「長崎カーボンニュートラルパーク」ではアンモニア燃焼技術を開発中です。ボイラーは2024年度までに「アンモニア専焼バーナー」開発を完了し、発電所での検証を経て2030年代前半に市場投入するほか、ガスタービンも2025年以降の実機運転・商用化に向けて燃焼器の開発と実証試験を進めていきます。見学ではほぼ実機と同じサイズというボイラー用バーナーの「4t/h燃焼試験設備」を見て、大きさに圧倒されました。

②水素製造技術
三菱重工グループでは水素を製造する3つの新方式に着目し、独自の水電解技術の開発を進めています。
【高温水蒸気電解SOEC Solid Oxide Electrolysis Cell)
三菱重工が約40年前から取り組んできた、天然ガスから電気をつくる固体酸化物形燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)の開発・製造技術を活用し、SOFCと逆の反応をさせて「高温水蒸気を電気分解して水素と酸素を製造する技術」で、大容量に向き、高効率で電気を水素に変換できます。独自開発したセラミック製の筒の中に水蒸気を通して電気を流すと温度が上がり、水素が発生するしくみです。この筒を数百本束ねたカートリッジを周辺機器と組み合わせるとシステムが完成します。1kW級から開発・運転して筒がほとんど劣化しないことも確認でき、2024年春から「高砂水素パーク」で400kW級のデモ機運転を実施中です。以降は約2年のMW級実証運転を経て、2030年までにまずは数MW機を商用化する計画です。見学では実験棟に設置された1kW級(直径約1m×高さ約3.5m)の試験装置の前で、筒の見本を手に持たせていただきました。さらに SOEC では、水蒸気+CO2を混合ガス(炭酸水)にして同時に電気分解(共電解)すると水素と一酸化炭素を製造でき、これをFT合成*すると持続可能な航空燃料 SAF**や e-Fuelなど合成燃料の原料がつくれます。この共電解技術も並行して開発を進めているとのことです。
*Fischer-Tropsch,合成ガス(一酸化炭素と水素の混合ガス)から液体燃料を合成する触媒反応。
**Sustainable Aviation Fuel

【アニオン交換膜AEM)水電解】
AEM水電解装置は、装置に水を通し、電気を流すことで水素を製造します。現在実用化されている水素製造装置(アルカリ水電解)に比べて高い電流密度で運転でき(実験では5倍以上の水素を発生)、小型化が可能です。しかも腐食性が低く、ニッケルやステンレスなどの安価な材料が使えます。机上に置かれた、要素技術開発中の「研究用セル」(100W級)のスイッチを押すと、瞬時に水素の泡が出てきました。「蛇口をひねるように水素がすぐ出ることと、小型化を目指している」とのことで、今後は「高砂水素パーク」で実証機(MW級)の信頼性検証後、2030年以降の市場投入を目指しています。

【ターコイズ水素製造技術】

既存の天然ガスインフラに「メタン熱分解装置」を付けるだけでCO2ゼロのターコイズ水素を大量製造でき、しかも水素輸送不要のため安価です。水素製造と同時に、利用価値の高い炭素を固体で取り出して、処理や再資源化(化学材料、石炭代替燃料など)ができます。さらに、既存の天然ガス発電所のガスタービンの燃焼器を取り換えるだけで水素発電所に転換できるため、再エネ資源・CO2貯蔵資源に恵まれない日本や東南アジアに好適です。ビデオで装置のしくみを見せていただきました。反応炉の中の圧力容器に触媒の粒子を上部から供給して充填し、下から天然ガスで吹き上げて流動床*反応器の中で約800℃に加熱すると、触媒の粒子がクルクル流動して「メタン熱分解反応」が起きて水素(気体)を生成すると同時に、炭素分離器にかけて炭素の粉(固体)を回収できます。ただし発熱量ベースの変換効率は50〜60%(燃料のメタンの約40%は固体炭素に変換)でコストはLNGの倍になるので、回収した炭素を活用してコストの埋め合わせが期待されます。現在、流動床試験中の、高さ10m程ある大型試験装置「連続式」(7kW級)を見学しました。真ん中の円筒が反応炉です。制御モニター画面で確認しながらデータを取得し、理論と実態の両輪でプロジェクトを進めているそうです。水素生成量は、最初は2L(ペットボトル1本分)/hの小規模な装置から徐々にスケールアップし、今は2,000L/hの連続式加圧流動床試験装置でデータを取得しています。今後は「高砂水素パーク」においてMW級のプロセス検証を実施し、商用化を検討していきます。
*上向きにガスや流体を噴出させることにより、固体粒子を流体中に浮遊させた状態。


ターコイズ水素 装置概要

開発はこれまで①触媒の開発、②触媒の特性検証、③流動床技術による触媒の反応検証、④ターコイズ水素システムの効率化検証のステップで進め、より高性能で信頼性の高い装置を目指しています。メタンから水素を製造できる触媒は、三菱重工の呉地区で環境装置に携わる化学者がつくったそうです。しかしどう反応させればよいか、流動床ボイラー技術一筋約30年、石炭から多岐にわたる燃料の経験を積んできた研究者に相談して、水素を長時間製造できる装置が成功したとの話でした。「いかに上手に安定させて反応させられるかはボイラーの技術なので、実はフェードアウトしつつある石炭焚きボイラー専門の研究者が脱炭素化のキーを握っている。三菱重工は火力発電プラントを母体に、ボイラーやガスタービンなどさまざまな製品をつくってきたので、今まで培ってきた設計やノウハウ、蓄積されたデータを活用できます。技術を統括する部門もあり、ちらばっている技術をつなげることができるのです」。見学当日は試験装置は点検中でしたが、稼働時には三菱重工のエンジニア、設計者、各分野の研究者を総動員して開発を進めているそうです。「燃焼・伝熱・化学・材料・強度など、専門やカルチャーの違う人達が集まってさらなる革新が起きるのが一番面白い。歴史ある創業の地で、今まで取り組んできた技術を総動員して、研究者も誇りを持って新しい技術に挑戦しています」。

③CO2回収技術
三菱重工グループはCO2回収技術における世界のリーディングカンパニーとして、燃焼後排ガスから高効率でCO2を回収する技術・設備を提供しています。CO2回収法にはさまざまな技術がありますが、排ガスからのCO2回収ではアミンベースのCO2吸収液を利用した化学吸収法が主に採用されています。1990年に関西電力株式会社と共同開発を開始しました。その成果として、高性能なCO2吸収液「KS-1™」、新吸収液「KS-21™」、CO2回収プロセス「KM CDR Process™」、「Advanced KM CDR Process™」を開発し、新吸収液「KS-21™」については、2021年にノルウェーのモングスタッド試験センターで世界最高水準99.8%の回収率を達成しました。商用での燃焼後排ガスからのCO2回収ではトップシェア(約70%)を誇り、世界で18プラントを納入しています。簡単な実験を見せていただきました。それぞれ水、CO2吸収液が入った2つのペットボトルにCO2を吹き込み振ると、水が入ったペットボトルはやや凹みます。一方、CO2吸収液が入ったペットボトルは大きく凹みました。CO2吸収液はCO2吸収量が多いため、気体(CO2)の体積の減少が大きく、凹みも大きくなります。

アメリカの石炭火力発電所に納入した世界最大のCO2回収プラントでは、石炭焚きボイラーから4,776トン/日のCO2回収を実現しています。ボイラーからの排ガスを「冷却塔」で冷やし、「吸収塔」でCO2と吸収液を接触させ、「再生塔」でCO2を含んだ吸収液を温めてCO2を分離し、吸収液は「再生塔」から再度「吸収塔」へ送られ再利用されます。また、日本のバイオマス発電所に0.3トン/日の小型CO2回収装置(コンテナサイズ)も納入済みです。最近ではCCU*(CO2回収・利用)の研究が活発化したり、CO2は資源になるという考え方が出てきています。
Carbon dioxide Capture and Utilization

最後に質疑応答・意見交換が行われました。コングロマリットのメリットについて改めて伺うと、「三菱重工は『技術のデパート』と言われ、700以上の技術と製品を持っています。カーボンニュートラルにはさまざまな技術の組み合わせが必要なので、幅広い技術開発を歴史の中で積み重ねてきたことや、さまざまな専門分野の研究者がいること、また、開発から設計、製造まで一貫してできることが強みです」と力強く答えられました。さらに、「過去があるから未来があることを大事にしたい」と伺い、創業から140年超の歴史ある地で新しい研究開発が進んでいることに感慨を覚えながら長崎を後にしました。

視察を終えて

三菱グループの一角として存在する「三菱重工」。長い歴史があり、時代の波の中で生き抜いてきた企業である。エネルギー業界でもたくさんお世話になり、多くの機器を作り出している。長崎は「長崎造船所」で有名だが、まずその起源を学び、歴史を学んだあと、エネルギー脱炭素化に向けて研究開発を大規模に行っている「カーボンニュートラルパーク」の見学をさせてもらった。どれも非常に高度な技術だったが、説明が的確で、デモンストレーションも非常にわかりやすいので、私でも理解できた。特にターコイズ水素生成の技術を見ながら、再エネを使うにも国の置かれた立場や地政学があるということをしみじみ悟った。
さて、細かいことはさておき、今回、私は二つのことを感じた。一つは長い歴史があるこの企業は、一見、無駄のように思える技術も決して捨てはせず、いつも片隅に置いているということだ。そういう技術が何かの時に役立つことを知っているのである。これは言うは易く、行うは難しである。かなり懐が深くなければまねできない。金銭的にもポリシー的にもである。もう一つは、脚光を浴びている「カーボンニュートラル技術」に関して、見学や視察に訪れる人をできるだけ受け入れるという姿勢である。これは研究者や企業にとっては痛し痒しだと思う。研究の邪魔にもなるし、秘密保持の観点もある。しかし厳然たるルールを作りながら、見せるべきものは見せるという姿勢は、ある意味で自信なのだと思った。老舗には老舗の智慧があり、新興企業には新興企業の勢いがある。私は見学を終え、「三菱重工」が最初に訪れた「占勝閣」を大切にしている意味がよく分ったような気がした。ガンバレ、三菱重工!

神津 カンナ

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