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⼤澤正彦氏インタビュー
人を幸せにする科学を目指し、ドラえもんを本気でつくる

「ドラえもんを本気でつくる」若手AI(人工知能)研究者として知られる⼤澤正彦氏。2025年3月28日、神津カンナ氏(ETT代表)は、大澤氏が准教授を務められている日本大学文理学部情報科学科の、大澤研究室を訪れました。ドラえもんをつくるためにどのような研究をされているのか? 「心」を持つAIとは? など、わかりやすくお話しいただきました。

価値軸の違いを認められる世界でドラえもんをつくりたい

神津 大澤さんは小さい頃から「ドラえもんをつくりたい」という夢があったのですか?

大澤 物心ついた時にはそう思っていました。母のメモによると2歳の時に「ドラえもん」と喋っていたらしく、今32歳なので、30年間夢を追い続けているのかなと。

神津 へえ、それはすごい! 最初からこういう道を進もうと思っていた?

大澤 どういう道を進めばいいかわかっていなかったし、ドラえもんをつくる人=職業とが結び付いていなかったので、夢は「ドラえもんをつくること」、職業は幼稚園の先生もいいかなと思っていました。

神津 では、今までどういうプロセスを辿られてきたのでしょう?

大澤 小学生の時にロボットをつくったのですが、操縦が下手だったので自動で動かすしかないと電子基盤の勉強を始め、もっと高度なことがやりたくて高校でプログラミングの技術を身に付け、大学でAIの研究室に入りました。そのうちコンピュータを使うことだけがドラえもんのコアではない気がしてきて、神経科学を勉強して脳にそっくりなAIをつくれないかと考えてみたり、海馬を参考にドラえもんとのび太が一緒に過ごした思い出を残せる記憶の技術がつくれないかと試行錯誤してみたりしました。さらに心理学、認知科学、時には動物心理学と、いろいろな領域へ潜っていきました。そこで、ものづくりの面白さを重視する「工学」と、分析して評価値を重視する「科学」とでは価値観が違うことに驚き、どちらも正しいと思いました。両者は学問の考え方が異なるため、壁をつくって積み上げてきたと思うのですが、その壁を取っ払って文理融合、分野融合をやろうとしています。

神津 今はその過渡期なのですね?

大澤 広く言えば過渡期とも言えます。学問は「自分とは?」と考える哲学から始まったと言われています。そのために環境を調べる人、神経を調べる人など、どんどん分かれていきましたが、最近では認知神経科学、行動経済学などの分野融合が増えてきました。その結果、やっと今「人みたいなAI」ができそうになってきたのです。哲学から始まって広がったさまざまな学問が、ドラえもんにキュッと集約されるイメージを自分の中で持っています。

神津 ドラえもんをつくるにはAIの研究だけでなく、他分野の知見も必要でしょうから大変だったでしょう?

大澤 今も大変です。単純な工学であれば良いか悪いかで決まるので、例えば画像を正しく認識できるAIをつくるとなると、精度が99.1%より99.2%のほうが良いと全員がわかりますが、「ドラえもんとドラミちゃんはどちらが良いか? それは人によるのでは?」という世界観で研究しているので、どうすれば良さや正しさを表現できるか試行錯誤しています。

神津 なるほど。ところで、今の学生さん達はどんな感じですか?

大澤 「能力もないしやりたいことはない、夢はない」と言う学生が多いのですが、話を聞いていくと、「あえて言うならこのゲームで世界トップ10に入ったことがある」とか「野球が大好きなので○年の誰と言えばホームラン数を答えられる」と言われて衝撃を受けました。彼らは通知表で評価されたものしか価値が無いと思っているのかもしれませんね。僕も10年ちょっと前までは「ドラえもんをつくりたい」と言っても誰も評価してくれませんでしたが、周りから認められる経験をしたとか、自分で認める覚悟をしたことでチャレンジし、能力を発揮するように動けたので、まずは学生一人ひとりを認めることから始ようと、大澤研究室では「自己紹介研修」をしています。

神津 それは大学時代にロボットをつくることから一旦離れて、多くの人と関わった経験が影響してるんでしょうか?

大澤 おっしゃる通りです。いろいろな人の価値観を学ぼうと思って、大学時代は児童ボランティアやアルバイトなど人と関わる活動をしたことで、ドラえもんのつくり方が自分の頭の中で真逆になったのです。今までは「技術を誰よりも極めた孤高の人」がドラえもんをつくる人だと思っていたのですが、ドラえもんは世界中で愛される思いの結晶だから、「皆と友達になった人がドラえもんをつくれるんだ」と思うようになりました。

神津 「ドラえもん、どうしよう?」と言うのび太にドラえもんはいつも答えてあげますが、パーフェクトな答えじゃない所が個人的に良いなと思うのですが?

大澤 僕もそこが大好きです。叶えばなんとかなるだけではつまらないのは直感的に理解できるところですし、たとえばロボットが期待した性能そのものだとただの「道具」になってしまうことがロボットの研究から明らかになっています。ドラえもんは道具ではなく、道具を持っているだけです。あと、僕が注目しているポイントは、今の世の中は困った時に人に泣き付けなくて物語が止まってしまうじゃないですか。でものび太は必ず「ドラえも〜ん!」と助けを求めることで物語が続いていきますよね。同じことがこの世の中で起こったらどんなにいいだろう、解決できるか否か以上に助けを発して物語を進められると素敵だなと思ったんですね。だから自分も「ドラえも〜ん!」と言ってもらえるような存在になりたいし、やりたいことや困っていることを言えば「助けてあげるよ」と返したり、「あの人に聞くといいよ」と人の出会いにつながっていく場をつくりたくて研究センターRINGSを立ち上げました。

神津 大澤さんは「ウニ型組織*」という提案をされていますよね。私が幼い時、父から「上はどっち?」と聞かれて「こっちに決まってるじゃない」と天を指差すと、「じゃあブラジルの人はどっちを上と言ってる? おまえは上とか下とか決めているけれども、ウニの殻みたいに決められないんだ」と言われたのです。恐らく全てが正解で、その全てを認めてあげないと物事は進んでいかないのではないかという気がします。
*一人ひとりが自らの目的に向かってバラバラの方向を向きながらも、中心では繋がり合う組織の形。

大澤 共感し過ぎてドキドキしているのですが、今の世の中は上か下かの統一された価値軸が最初に決まっていて、偏差値50だから普通の人だと誤解されてしまいます。でも実は順番が逆で、自分が立っている場所によって、日本だと上はこっち、ブラジルなら上はこっちというように、例えばこの人はゲームに関しては偏差値100、この人は野球に関しては偏差値200といった、個々の価値軸の違いを認められる世界でドラえもんをつくりたいと思っています。

「心」があるAIとは?

神津 ここに小さなロボットがいますね。表情がなく「ドラドラ」しか喋らないのに、想像で「たぶんこう言っているに違いない」と会話できると伺って非常に面白いなと思ったのですが、この発想はドラえもんからですか?

大澤 そうです。ドラえもんの「ひみつ道具」の中のミニドラをつくったら面白いのではないかと、研究室の仲間たちと開発しました。今でこそChatGPT(対話型AI)がありますが、当時はPepper(人間型ロボット)が世に出たぐらいでした。実験では高校生がこのロボットと1時間半会話したり、4,5時間ずっと喋っている子どももいました。正しい日本語が出せるのが良い会話AIと考えられていた今までの概念とは違う概念で、物に心があるように感じさせるHAI(ヒューマン・エージェント・インタラクション)*という研究分野の知見を使っているので、このロボットの研究は認知科学という心理学の一部、いわゆる文系の学会で論文として査読されていて、ロボット研究が人間研究として認められたことになります。
*Human Agent Interaction:人とエージェント(ロボット)の相互作用を研究する学問領域。

神津 HAIによって、ロボットと人との関わり方が大きく変化したのですね?

大澤 まさにそうなのです。ずっと科学技術に向き合ってきましたが、「科学って人を幸せにしたのかな?」と考えると不安になります。この20〜30年間、科学技術が進展したことを否定する人はほとんどいないと思いますが、「科学技術の進展によって、あなたは幸せになりましたか?」と聞いて、どのくらいの人が「はい」と言うでしょうか? 科学が悪いわけではなく、科学の使い方や、科学と人の関係性にはまだまだ改善の余地がある気がします。科学の進歩の分だけ、人が幸せになるような科学の進め方ができないかを考えたいし、人がどんどん幸せになる科学をつくり出したいですね。

神津 う~ん、そうか。では、AIに「心」って必要なのでしょうか?

大澤 今まさにその研究をしているところで、心を持ったAIとは? そもそも心があるとは? ということを考えていて、AIに心は必要だと思っています。例えば美味しい珈琲を飲んで気分が良くなる、パソコンより手書きのノートが好き、これらは非効率な幸せと言えるかもしれません。選択肢がたくさんあって、効率化だけじゃない価値観で動いているのが大事な気がします。もし心を持たないパーソナルAIが効率化して全部やってくれたら、楽しいことがなくなっちゃうかもしれません。

神津 確かにそうですねえ。

大澤  それがドラえもんだったら、先ほどおっしゃった通りにパーフェクトな答えが返ってくるわけではないけれども、それでもいいかと楽しんで絆が深まっていく、心と心の掛け合いが生まれます。今までの科学技術には心が無かったので、単に道具として使われてきましたが、幸せになるために心が通じ合う成果が組み込まれた技術がいち早く必要なのではないかと思っています。

神津 例えば人と付き合うのは、その時は面倒くさいけれども、後から思い返すと面倒くささが楽しかったとか、いい思い出に変わることがありますよね。それも含めて心だとすると、AIが心を持つのはすごく大変じゃないですか?

大澤 だから世の中に認められた心を持ったAIはまだ無いわけで、どうつくるかがポイントになります。僕らはドラえもんの定義を、「この機能があったらドラえもん」じゃなくて、「皆に認められたらドラえもん」としました。お互い友達と思っているほかに友達の条件が無いように、人同士でつくってきた定義をドラえもんに使うことで、ドラえもんも人との関係のように受け入れられていくという、ものづくりの方法論を研究しています。つまり、「皆に心があると認められるロボット」が「心があるAI」と言えるのではないかと思います。

神津 AIに心があると思わなければ、言葉を喋れないこのロボットを相手に1時間も喋れないですよね。

大澤 「ドラえもんの心はどこにあるのですか?」とよく聞かれますが、「のび太の心の中にあるんじゃないですか」と答えます。最初から言葉が喋れる高性能なロボットが現れるよりも、「面倒くさかったけれど振り返ってみたらいい思い出」と先ほどおっしゃってくださったように、効率的でないロボットにも価値があるわけです。

神津 昔、明星学園の教頭だった無著成恭さんがTBSラジオの「全国こども電話相談室」で、「心はどこにあるんですか?」と聞かれて「土踏まずにある」と答えたんですね。「そこを押してごらん。ちょっと痛いけど気持ちいいでしょ? 普段、誰の目にも見えない。足の裏だからいつも踏んづけている。でも、あなたをグーンと支えてくれているんだよ」と。心っていうものはどこにあるかわからないけれども、何かありそうだなという感覚でいいのかなと思うのですが。

大澤 それは面白い! 僕らは心を読むAIの研究開発をしていますが、情報処理の研究者として心とは「絶対見えない代わりに自分と同じだと思い、自分を投影しているもの」です。例えば犬にヨシヨシしている時、犬も自分と同じように「嬉しい。お腹空いた」と思っていると仮定していますよね。また、AIはただの機械なのに、「AIに支配されるかもしれない。怖い」と思ってしまう。つまり自分の経験を通して相手の心を読んでいて、相手のことを考えるほど自分を探っているのです。それをコンピュータでつくったら、コンピュータと心が通じ合うのではないかと考えています。

一人の友達が自分の世界を広げてくれる

神津  デジタルネイティブでない我々世代は、AIとどう向き合っていけば良いでしょうか?

大澤 人と人との関わりを大切にされている世代だと感じています。たくさんの人と関わってきた中で人生観、世界観を培ってこられた、技術的な知識は無くても倫理観がある人と、僕達みたいなAIの技術を勉強した人とで仲良くすればいいと思うのです。世代の分断があるとせっかく互い違った知識を持っているのに連携できずもったいないです。一方で、仲良しになれば怖いものはありません! 10年ほど前に若手の会を立ち上げたのですが、すぐ壁にぶつかりシニアの方に助けられました。今は小学生から70代まであらゆる世代が会員としてつながっていて、「AIのことがわからなくても聞けば大丈夫ですよ!」と言っています。

神津  我々世代も考え方を少し変えなければいけないですね。AIの浸透を脅威に思ってしまうのも、従来の価値観の弊害なのでしょうか?

大澤 AIを脅威に思ってしまう理由は、周りにAIを勉強している友達がいないせいかもしれません。経産省に勤めている友人が一人いるのですが、アベノマスクが配られた時同時に世間では批判の声もありましたが、彼が関わって苦労していたことを思うと批判する気が起きませんでした。OpenAI(アメリカの企業)がつくったChatGPTの進化が不安なのは研究者も同じで、友達じゃない人がつくったものだから怖いのかもしれませんね。

神津 AIに詳しい友達をつくるのも結構大変かも…。

大澤 というわけで「友逹をつくるAI」をつくればいいと思ったんですよ。あなたにマッチングする友達とか、あなたが考えることを一緒に手伝える人とかを探せる「コミュニティAIプロジェクト」の開発を進めて、今は授業にも導入しています。

神津 先ほどから大澤さんに「こういうのはどうですか?」と聞くと、1個ずつ解決してくれるので不思議だなあと思っています。

大澤 ドラえもんをつくることは人間をつくることぐらいに匹敵するので、全部が守備範囲だという意識で、ここから自分は関係ないと線を引かず興味を持つようにしています。出会った人と関わり合いながら、仲良くなった人が興味を持っている領域を少しでも勉強して自分の世界を広げてきた感じです。

神津 研究者って孤高でクローズドなイメージがあるのですが、大澤さんはオープンに友人をつくりながら研究されているのですね?

大澤 おっしゃる通りです。全部自分ではやり切れませんし、公開することで一緒にやれる仲間が増えることほど嬉しいことはありません。僕はドラえもんをつくった人になりたいわけではなく、ドラえもんをつくりたいだけなのです。

神津 どんなドラえもんができるのか楽しみです。今日はありがとうございました。


対談を終えて

桜上水にある大澤さんの研究室を訪れた時、桜がもうまもなく満開という時期だった。静かできれいなキャンパスの中、現れた大澤さんは32歳という若さ。満面の笑顔とやさしく柔らかい物腰と話し方。AIというとなんだか味気なさそうに思えるが、大澤さんの佇まいは「ほんわか」としていて、こういう人がAIの研究をしているというだけで、なんだかホッとしてしまう。大澤さんの醸し出す雰囲気が、身構えたこちらの心をふんわりと包み込んだような気がする。
大澤さんの言葉で印象に残っているのが「全部が守備範囲」という言葉。ここからは自分とは関係ないと線を引かない、と言うのだ。私もそのように努力をしているつもりだが、これって実は難しい。できるようになったら格段に自分の世界が広がるだろうなあ……と分かっているのだが……。案外、人間って狭い範囲でしかものを考えたり、感じたりできないのかもしれない。そういう意味では大澤さんは、よくできたAIなんじゃないかと思えてきたりする。楽しい時間だった。大澤さんの目指す「ドラえもんを作る!」という意味が良く分かったような気がする。大澤さんは、良い意味で「AI」の概念を破り、「ほんわか」とした雰囲気を醸し出すモノを生み出すことを目指しているのだろう。しかし、それはまさに「守備範囲」が広く、そして精密でなければならない。これは壮大なるプロジェクトだ。新しいものは決して恐ろしくはない。それを恐ろしくしているのは人間なのだ。なんだか、恐ろしくないAIを作ろうという大澤さんは、壮大なシンフォニーをコンダクトする指揮者のように見えてきた。音楽は「音」の「学問」でなく「音」を「楽しむ」もの。 小説は「大」ではなく「小」ぶりなもの。それが人間の求めているものなのかもしれないと、華奢な大澤さんを見ながら、ぼんやりと思った。

神津 カンナ


⼤澤正彦(おおさわ まさひこ)氏プロフィール

⽇本⼤学 ⽂理学部 情報科学科准教授/次世代社会研究センター(RINGS)センター⻑
1993年⽣まれ。博士(工学)。東京⼯業⼤学附属⾼校、慶應義塾⼤学理⼯学部をいずれも⾸席で卒業。学部時代に設⽴した「全脳アーキテクチャ若⼿の会」が2,600⼈規模に成⻑し、⽇本最⼤級の⼈⼯知能コミュニティに発展。2014年 IEEE Japan Chapter Young Researcher Award (最年少記録)をはじめ受賞歴多数。新聞、webを中⼼にメディア掲載多数。孫正義⽒により選ばれた異能を持つ若⼿として孫正義育英財団会員に選抜。認知科学会にて認知科学若⼿の会を設⽴、2020年3⽉まで代表。著書に『ドラえもんを本気でつくる』『じぶんの話をしよう。 成功を引き寄せる自己紹介の教科書』(いずれもPHP研究所)。夢はドラえもんをつくること。

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