進化の過程で「どうしてそうなった!?」と突っ込みたくなる「ざんねんないきもの」たち。子どもから大人まで大人気のベストセラー『ざんねんないきもの事典』の監修者である動物学者の今泉忠明氏に、科学の楽しみ方などを含めてお話いただきました。
『ざんねんないきもの事典』は現在6冊出版されて約500万部のベストセラーになり、今も8冊目を監修しているところです。なぜこれほど人気になったかというと、人間目線で動物のそそっかしいところなど、「進化しなくても残念でもいい」という話が書いてあるので、子どもたちも読んで「ダメでもいいんだ」と安心するからだそうです。例えばチーターは「より早く走る方向へ」進化しましたが、早く走るため呼吸に必要な鼻の穴が大きくなり、牙が生えるスペースが少なくなりました。だから喧嘩に弱く、せっかく獲物を獲ってもライオンに獲られてしまって残念だという話になります。スピードに特化し過ぎたせいで、肉食動物なのに弱いのです。トラは「より強く生きる方向へ」進化しましたが、獲物に10回突進しても1回しか成功しない。笑っちゃうほど狩りが下手です。ゴリラは「より強く、平和に暮らす方向」へ進化しましたが、知能が発達し過ぎたために閉じ込められるとストレスを感じ、下痢気味になってしまいます。つまり「ざんねんないきもの」には全て「進化」が関係しているのです。
「進化」とは、生物個体群(例えば人間の群れ)の性質が、世代を経るにつれて単純なものから複雑なものへと変化する現象を言います。ゾウリムシ(単細胞生物)の細胞は1 個ですが、人間は37兆個の細胞からできています。お母さんのお腹の中で細胞が1個から2個、4個、8個と増え、赤ちゃんとして生まれた時には37兆個になっています。このような進化のしくみを研究しているのが生物学者です。イギリスのダーウィンは「進化」という言葉をつくって「ヒトはサルから進化した」と考え、1859年に『種の起源』を出版しました。それまでは「人間は神がつくった」と信じられていたのです。ちなみに、私たちが恥ずかしいと顔が赤くなるのは、繁殖期にモテようとして相手の前で顔を赤くするサルの時代の行動が残っているからです。
チンパンジーが立ち上がってヒトに進化するまで、ざっと500万年かかっています。1種のチンパンジーから一本道で進化したのではなく、何百種類ものチンパンジーの中の1種が進化して立ち上がり、たくさんの種類のアウストラロピテクス・アファレンシス(猿人)の中の1種が進化して脳が大きくなり…といったように編み目のような進化の迷路を通り抜け、やがて現代人になりました。ヒトのDNA(細胞の設計図)はチンパンジーと約98%同じですが、2%の違いとして、なぜヒトは立ったのかを考えるのが動物学者です。相手に威圧感を与えて怖がらせるためではないかという説もあります。また、なぜ突然変異で脳が大きくなったのかも、今研究されている最中です。そのせいでバランスが悪くなったのでしょう、何もないのによく転ぶのが人間の「ざんねんなところ」です。
では、動物園のチンパンジーも500万年したらヒトになるのでしょうか? 進化は時間が経てば起こるものではありません。その証拠にオウムガイは、3億年昔から変わらず今も南洋の海にいる「生きた化石」です。地球の歴史の中で、これまで大きな絶滅が5回ありましたが、それぞれの絶滅後に大きく進化した動物が現れました。これは地質学者が地層を調べてわかったことです。
①オルドビス紀(4億5000万年前)
ガンマ線バースト(宇宙から来た殺人ビーム)により海洋無脊椎動物(三葉虫やオウムガイ、あごのない甲青魚)の60%が絶滅。
②デボン紀(3億7400万年前)
寒冷化と海洋の無酸素状態により、海洋生物(魚類の時代)の82%が絶滅。
③ペルム紀末(2億5100万年前)
地球の中から吹き出したマグマにより、生物(両生類・爬虫類)の90〜95%が絶滅。
④三畳紀末(1億9960万年前)
隕石・火山活動などにより、生物(原始的な恐竜・鳥類・哺乳類)の76%が絶滅。
⑤白亜紀末(6550万年前)
惑星衝突による温度低下により、生物(恐竜・翼竜・魚竜)の70%が絶滅。
運よく絶滅を免れたものは、周りに競争相手がいないので一気に栄え、新たな進化が始まるのです。さらにわかってきたのは「進化は一方通行」で、環境が変わっても後戻りはできないことです。そこに「ざんねん」の一因があります。例えば知能の高いイルカは哺乳類なので、水面に出て肺で呼吸をしないといけません。人間と同じで、肺に水が入ったら溺れてしまいます。水中ではえら呼吸のほうが便利ですが、魚には戻れないのです。
「進化」と言うと優れたものになることだと考えがちですが、必ずしもそうではありません。さらに、そのとき強い生き物が、必ずしも生き残って進化するわけでもありません。「進化」とは環境にうまく適応して、効率よく生きることです。ですから、適応していた環境が変わると簡単に滅びてしまうのです。進化したものが必ずしも繁栄し続けるわけではない、ということですね。ナマケモノは昔はいろいろな種類がいて、1万年前にはゾウのように巨大なオオナマケモノも南アメリカなどにいましたが、次々と絶滅し、木の上でじっと動かない小さなものだけが生き残りました。進化をしなくても、弱くても、生き残れるのです。
では、人類も今後絶滅するのでしょうか? 地球温暖化により、6回目の絶滅が起こりうると言う人もいますがわかりません。また、NASAの発表によると、2014年9月7日に小惑星が地球に最接近し、2016年3月5日にも地球スレスレを通過したそうです。2022年9月26日、NASAが小惑星探査機を小惑星に衝突させる地球衝突回避実験を行いましたが、結果はまだ計算中とのことです。さらに、2029年4月13日には直径約400mの小惑星が地球に衝突する確率が約300分の1、2182年には山サイズの小惑星が地球に衝突する恐れも明らかになりました。そのほか、富士山が近い将来噴火するとの予測もあります。
そんな時代ですから、私はせめてライフワークとして「森の記録」を残そうと考えました。1週間おきに森へ入り、センサーカメラ(動物の温度を感じると録画が始まる自動撮影装置)を設置して動物達の自然な姿を記録し、調査を続けています。ドライブレコーダーを使って林道を調査しているとき、特別天然記念物のニホンカモシカに出会ったこともあります。クマが一心不乱に樹液をなめる様子は、場所の当たりをつけて16台のカメラを設置し、1年以上待ってやっと撮れました。オランダの動物行動学者ニコ・ティンバーゲンは、「動物達の痕跡を読むのに熟達することは『知的で科学的な遊び』である」と述べています。森の探索は全ての人々が楽しめる科学なのです。何よりも一人で森に入り、きれいな空気を吸ってのんびり時間を過ごして帰って来るとストレス解消になります。ヨーロッパでは絵や写真を趣味にしている人が小鍋と寝袋を持って森での一人遊びを楽しんでいますし、日本でも近頃はソロキャンプが流行り、女性専用のキャンプ場もあります。あるいは森に行かなくても、海辺の砂浜でも、川沿いでも、田んぼの周りでも観察ポイントはありますし、町の公園でもよく見れば生き物がいます。ぜひ明日からでも自然観察に出かけてみてください。
進化しなくたっていい、「ざんねんな人」なんて言われてもいい。自分の見つけた楽しみをコツコツ続けて、楽しみながら生きる。これも大切なことだと感じています。
動物学者
1944年動物学者の今泉吉典の二男として、東京都杉並区阿佐ヶ谷に生まれる。父親、そしてその手伝いをする兄の影響を受けながら動物三昧の子供時代を過ごす。水生生物に興味を抱き、東京水産大学(現・東京海洋大学)に進学。卒業後、国立科学博物館所属の動物学者として働く父親の誘いを受け、特別研究生として哺乳類の生態調査に参加し、哺乳類の生態学、分類学を学ぶ。その後、文部省(現・文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、日本列島総合調査、環境省のイリオモテヤマネコ生態調査などに参加。上野動物園動物解説員、(社)富士市自然動物園協会研究員、伊豆高原ねこの博物館館長、日本動物科学研究所所長などを歴任。主な著書に「誰も知らない動物の見方~動物行動学入門」(ナツメ社)、「巣の大研究」(PHP研究所)、「小さき生物たちの大いなる新技術」(ベスト新書)、「ボクの先生は動物たち」(ハッピーオウル社)、「動物たちのウンコロジー」(明治書院)、監修書に「世界の危険生物」(学研教育出版)、「なぜ?の図鑑」(学研教育出版)、「ざんねんないきもの事典」(高橋書店)ほか多数。