「2050年カーボンニュートラル(以下、CN)の実現」に向け、さまざまなエネルギー分野でイノベーションに向けた技術開発が進められています。石油連盟も2022年5月に定款を変更し、事業対象を合成燃料、水素、その他の新燃料などに拡大しました。石油業界のCNへの取り組みについては2021年度にもオンライン勉強会を開催しましたが、今回は技術開発の進捗状況や、野心的な目標へのチャレンジについて須藤幸郎氏(石油連盟理事事務局長)にお話いただき、最後に質疑応答を行いました。
日本の電源構成(発電電力量)の推移を見ると、2010年度(東日本大震災前)は原子力が約25%を占めていましたが、2021年度は1割に満たず、その分をLNG、石炭、石油といった化石燃料で賄っています。政府は2030年に向け、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の主力電源化を目指し(電源構成の36〜38%)、原子力も再稼働を進め(同20〜22%)、ゼロエミッション(CO2排出ゼロ)電源を50〜60%位まで増やす方針としており、化石燃料の中でも石油は極小(2%)になる見込みです。一方、一次エネルギー国内供給の推移を見ると、石油は2010年度40.3%→2021年度36.3%と依存度が下がっていますが、2030年度に至っても3割強を担うとされ、可搬性・貯蔵性に利点のある液体燃料として災害時には〝最後の砦〟となり、国民生活・経済活動に不可欠なエネルギー源と位置付けられています。また、日本のエネルギー政策は「S+3E(安全性の確保を前提とする、安定供給、経済効率性、環境適合)の同時達成が基本ですが、石油業界もS+3Eに向け、石油の安定供給とCNへの挑戦の両立に向けて、各種対策を推進しています。
下図の「石油業界のCNに向けたビジョン(目指す姿)」は、縦軸が取り組み、横軸が時間を表しています。石油業界では2050年に向け、石油を生産する際の(1)事業活動に伴うCO2排出(Scope1+2)の実質ゼロを目指すとともに、革新的技術開発により(2)供給する製品に伴うCO2排出(Scope3)の実質ゼロにもチャレンジすることにより、社会全体のCNの実現に貢献します。現状、ガソリンには輸入したバイオエタノールを使用した第1世代バイオ燃料を活用していますが、ゆくゆくは持続可能な航空燃料(SAF)などの次世代バイオ燃料にシフトできるよう、技術開発を進めています。CO2フリー水素と合成燃料e-fuelは、まだ研究開発の段階ですが、実証事業化に向けて技術開発を進めているところです。水素については、石油精製工場で原料として消費している水素をCO2フリー水素に切り替える検討も進めています。さらに水素を原料として合成燃料e-fuelをつくるカーボンリサイクル技術の開発にも取り組んでいます。また、排出するCO2を地中に貯留するCCSの技術開発も進めています。
技術開発の進捗状況としては、2050年に向け、2030年頃までに全ての事業の研究開発と実証事業を終え、社会実装に向けた実用化ができるスケジュール感で取り組みを進めているところです。
持続可能な航空燃料(SAF)など次世代バイオ燃料では、2025年から一部国内生産が開始される予定です。また、1つのプロジェクトが国のGI(グリーンイノベーション)基金事業*に選定されています。CO2フリー水素・アンモニアも同じく5つのプロジェクトが同事業に選定されて水素サプライチェーン構築などの実証事業に取り組んでいます。合成燃料e-fuelでは1つのプロジェクトが同事業に選定されて2028年に向けて実証事業に取り組んでいます。石化製品の原料転換や、CCS・CCUについても順次研究開発をしているところです。
*「2050年CN」の実現に向け、NEDOに創設された、総額2兆円規模の研究開発事業。
革新的技術開発を進めるには多額の費用が必要になりますが、CO2を大幅に減らせる可能性が出てきます。我が国全体のCO2排出量(2019年度)12.1億トンのうちエネルギー起源(天然ガス・石炭・石油)のCO2は10.3億トン、そのうち石油の割合は4割弱になりますが、2050年には「実質排出ゼロ」を目指していきたいと考えています。
現状では中東産油国などから輸入した原油から石油製品をつくる石油精製プロセスの中でもCO2が出ますし、皆さんが石油製品をご利用になる燃焼時にもCO2が出てきます。石油業界が目指す「CNを実現する製油所の将来像」は、既存の製油所をCN製品製造プラントにするもので、CO2フリー水素、バイオマス、回収CO2などを原料として、持続可能な航空燃料(SAF)や合成燃料e-fuelをつくるほか、そこでできた水素そのものも発電用燃料として供給します。それでも残ったCO2はCCUの技術を用い建築土木用の原料に活用することが可能です。2050年CNの実現に向けこれらの「革新的技術開発・実用化・社会実装」に取り組み、原料から製品までCNなものにシフトさせていきます。
CN燃料の導入・普及に向けた取り組みには、石油業界の努力はもちろんですが、政府によるいろいろな支援も必要であり、2022年10月に政府への提言を策定しました。
●持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)
SAFは航空機のCO2排出削減の切り札として注目を浴びている、持続可能な航空燃料です。航空業界では国連組織のICAO*が「2050年までのCN」を目指すこととし、その具体策としてCORSIA**規制により、ベースラインの排出量を超過した運航者は炭素クレジットまたはSAFを用いて割当量を相殺するとしました。そのため石油業界ではSAFの供給体制の拡大を考え、2023年頃からSAFの輸入を開始し、2025年頃からバイオマス原料からSAFを国内製造することを目指します。しかし、バイオマス原料にも限りがあることから、最終的には合成燃料e-fuelでSAFを供給できるよう技術開発に取り組んでいるところです。
*ICAO:国際民間航空条約(通称シカゴ条約)に基づき設置された国連専門機関。
**CORSIA:国際民間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム。
【政府への要望】
SAFの原料は油脂(廃食油など)、廃棄物、エタノールなどです。家庭から出る廃食油を回収するプロジェクトが進められていますが、絶対量が足りず、調達が大きな課題となっています。そのため政府には廃食油や廃棄物をSAF原料に利用できる環境整備を要望しています。また、廃食油以外でSAF原料となる大豆油などを輸入すると関税がかかるほか、海外生産のSAFを輸入するとしても関税・石油石炭税がかかり、航空会社の負担となるので利用促進のためには免税制度も必要です。さらに、SAF製造装置などの整備・技術開発に対しても、財政、税制などの面での支援措置も要望しています。
●CO2フリー水素
水素は合成燃料e-fuelの原料にもなり、これをいかに活用していけるかが脱炭素社会構築のポイントになります。石油業界はこれまで石油精製プロセスにおいて水素を大量に生産・利用してきた知見・ノウハウがあることから、水素の取り組みをいち早く進めています。CO2フリー水素の供給源となる再生可能エネルギーは国内では立地上の制約があることから、国内のみならず海外も視野に入れて水素サプライチェーンの構築に取り組んでいます。具体的には、GI基金の支援を受け、製油所を活用したMCH(メチルシクロヘキサン:常温液体で運搬・貯蔵できる有機ハイドライド)によるサプライチェーンの大規模実証のほか、液化水素(−253℃)のサプライチェーン、水素発電技術(専焼)の実機実証などにも取り組んでいます。
【政府への要望】
水素は非常に割高になるため、技術開発への継続的かつ機動的な支援が必要です。例えばイギリスでは初期投資を回収できる水準で基準価格を設定し、販売価格との価格差を政府が支援する制度ができつつあります。同様に我が国でも水素と従来燃料との価格差を補塡する制度の創設を要望しています。
●アンモニア
アンモニアは、発電部門(火力発電との混焼・専焼)に加え、産業部門(ガラス工場などの高温熱源)、運輸部門(船舶燃料)などにも活用できる脱炭素エネルギーで、水素キャリアとしても注目を浴びています。石油業界では海外でアンモニアを生産し、国内に輸送するサプライチェーン構築に向けた取り組みを進めています。また、GI基金の支援を受けて、現状高温・高圧の過酷な条件下で生産されるアンモニアを、常温・常圧下で製造する技術開発にも取り組んでいます。
【政府への要望】
水素・アンモニアで2030年に発電量の1%を賄うことが国の目標になっており、アンモニアも水素と同様に技術開発への継続的かつ機動的な支援が必要になります。ドイツではCO2フリー水素由来のアンモニア、メタノール、合成燃料を対象に、従来燃料との価格差を政府が補填し、幅広い普及促進を目指す制度があります。日本でも同様にアンモニアと従来燃料の価格差を補填する制度の創設を要望しています。
●合成燃料e-fuel(カーボンリサイクル)
合成燃料e-fuelは、再エネから生産した「水素」と、排出ガスから回収した「CO2」を合成して製造します。水と空気からつくる〝夢の燃料〟として、「S+3E」を達成するために欠かせないエネルギーと期待されています。合成燃料e-fuelを燃やして出るCO2も回収(カーボンリサイクル)するため、合成燃料e-fuel=CN燃料と位置付けられています。CO2フリー水素と回収したCO2により合成された合成原油は、今使っている原油と性状や取り扱いがほぼ同じで、精製してガソリンやジェット燃料、灯油、軽油、プラスチックの原料となるナフサなどを生産できるため、石油の代替ができます。合成燃料e-fuelのメリットとして、常温で液体のため従来の石油と同様可搬性・貯蔵性に優れ、災害時にも役立ちます。さらに、水素であれば新しいサプライチェーン(水素ステーションなど)や機器(燃料電池車)に切り替えるコストがかかりますが、合成燃料e-fuelは既存の石油のサプライチェーンが活用でき、自動車・燃焼機器なども継続して利用できるのが大きなメリットです。
【政府への要望】
合成燃料e-fuelについても、製造技術開発への支援などを要望しています。合成燃料e-fuelの製造プロセスの構築はGI基金事業に採択され、現在はベンチプラント(小規模施設)による運転検証をしています。2040年頃までの自立商用化を目指していますが、1日でも早く実用化できるよう技術開発の取り組みを進めています。
●CCS(Carbon dioxide Capture and Storage 二酸化炭素の回収・貯留)
石油業界では「2050年CN」に向け、CCS技術についても取り組みを進めています。苫小牧CCS実証試験(2016〜2019年)では北海道の製油所の水素製造装置から出るCO2ガスを、パイプラインを通じて十勝沖に30万トン圧入することに成功し、漏洩監視を継続中です。さらに、2030年の国内CCS事業開始に向けた調査にも着手しています。CO2を貯留できる地層があると見込まれる西日本(山陰〜九州西側の沖合)と東日本(福島〜千葉県の沖合)の貯留適地に、製油所から排出されるCO2を船舶で運搬、圧入するプロジェクトの検討を進めています。
【政府への要望】
CCS事業には地元のご理解を得ることが前提なので、国民理解の促進と、CCSに適応した法整備を要望しています。欧米各国ではCCSの設備投資や運営管理にさまざまな支援が行われており、特にアメリカでは貯留量に応じて法人税が控除されるといった手厚い制度があります。日本でも技術開発が進むには幅広い支援制度が必要と要望しています。
●ゼロエミッション(CO2排出)電源の確保
CN燃料の国内生産、本格普及のためには、バイオ燃料やCO2フリー水素が必要となります。そのCO2フリー水素の生産、ならびに合成燃料の製造をする際には大量かつ安価で安定的なゼロエミッション電源の確保が欠かせません。そのため洋上風力をはじめとする再エネの導入拡大のほか、安全性の確保と地元住民の皆様のご理解を大前提にした既設原子力発電の最大限活用、原子力の積極的利用に向けたイノベーションの取り組みを政府に要望しています。ちなみに、合成燃料e-fuelを年間44万トン(石油で日量1万バレル相当)製造するには、日照量が日本の約2倍あるオーストラリアであっても、5GWの太陽光パネル(東京ドーム約500個相当の敷設面積)の発電電力量と、約100〜200万トン/年のCO2が必要です。日本全体の石油の需要は日量約300万バレルなので、全て合成燃料e-fuelに置き換えようとするとこの300倍必要となります。よって、水素、アンモニア、合成燃料e-fuelは海外生産も視野に入れて検討を進めているところです。
最後に補足になりますが、CN燃料の社会実装に向けては政府支援に加え、民間のESG*資金を呼び込む環境整備も必要になります。また、経産省が中心となって進めている「カーボン・クレジット**取引」の拡大についても期待しているところです。一方、環境税・炭素税については財源確保の問題がありますが、経済社会への悪影響などの懸念もあるため、慎重に対応していく必要があるのではないかと考えます。
*Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)を考慮した投資活動や経営・事業活動。
**CO2など温室効果ガスの排出削減量を主に企業間で売買可能にするしくみ。
Q:合成燃料e-fuelなどの取り組みが随分進んだのは、GI基金事業に選定されたことが大きいか。
A:ご指摘通りで、合成燃料e-fuelの試験研究開発にはGI基金事業から600億円程度措置していただいた。また、合成燃料e-fuelには水素とCO2が必要だが、CO2フリー水素の技術開発に向けたさまざまなサプライチェーンの構築も進んだことで具体的な時期を示せるようになった。しかし全体量からしたらまだ足らず、スピード感を持って取り組まなければならない。
Q:SAFの原料として、家庭で使い終わった食用油を集める場所があるのか。
A:家庭で出る廃食油は回収に手間がかかる点がネックになっている。例えばイトーヨーカドーがネットスーパーの置き配時に廃食油を回収する取り組みを実験的に開始したところである。
Q:以前、苫小牧CCS実証試験センターへ見学に行き、CCSには莫大なコストがかかることに驚いたが、コストを縮小するための効率化など、今は技術的に開発されているのか。
A:CCSに限らず効率的な生産・供給方法は非常に重要で、水素の輸送や合成燃料の生産技術の効率化、コスト削減努力を続けているところである。同様にCCSも、CO2の回収から運搬、貯留まで効率化できないかと、さまざまな技術開発に取り組んでいる。できる限り現状の石油に近いコストを目指す一方、石油と比べると工程が複雑で、どこまでコストが下げられるかは目処が立っていない。民間企業としても努力するが、どうしても克服できない部分については、結果的には政府の支援、消費者の負担になってしまうことをご理解いただかないとCN社会は実現しないのではないかと感じている。