日本において商業利用の原子力発電開始からすでに60年になろうとしています。今、日本の原子力発電所で廃止が決まっているものが4割ほどあります。原子力発電所の廃止措置プロジェクトは、どのようにして進められ、そこにはどのような問題が生じるのでしょうか。柳原 敏氏(福井大学付属国際原子力工学研究所客員教授)に詳しくお話を伺い、質疑応答が行われました。
アメリカがマンハッタン計画で原爆の製造に成功し、1945年、不幸なことに日本に対する兵器として利用されましたが、戦後の53年、アメリカは原子力の平和利用を国連で訴え、自国の技術やデータを世界に提供し研究開発を促しました。日本は54年に国の予算をつけて研究開発を始め、57年に東海村で試験研究炉の原子炉臨界成功、63年に発電用原子炉(JPDR)の運転開始、66年には日本初の商業用原子力発電所が運転開始しています。原子力が夢のエネルギーと言われた70年代以降は、原子力発電所の大型化と建設ラッシュになり、これまで日本ではトータル60基が建造(建設中も含む)されました。
原子力発電所のプラントライフサイクルは、1.「設計・建設」、2.「運転・保守」、3.「廃止措置」という3つのフェーズがあります。1.は発電施設としての安全性と効率性をいかに保つかがポイントで、2.は安全規制に従った施設の健全性維持と発電による収益の確保と同時に、放射線安全が求められています。また廃棄物と核燃料の管理も重要なポイントです。福島第一原子力発電所の事故から1年後の2012年に、国は原子力発電所の運転期間を原則40年とし、認可があれば20年延長できるというルールを作りましたが、22年には規制対応などで運転停止していた期間を除外して60年まで運転延長を可能とする法案が成立しました。現在、日本では新しい規制に見合う安全性を考慮した改良のためのコストとその後の収益のバランスを考え、比較的小さく初期に運転を始めた18基と、福島第一原子力発電所の6基、核燃料サイクルのために開発していた高速増殖原型炉もんじゅ、ふげんを含めて合計26基の廃止措置が決められています。
廃止措置は「原子力施設の一部または全部をそれまで課せられていた規制から解除するための活動である」ことは、IAEA(国際原子力機関)が定義し世界各国が認識しています。具体的にどのようなことをするかというと、運転終了で施設が不要になった時、機器や構造物はそのまま廃棄はできません。なぜなら施設内には放射性物質も残っているので搬出作業や搬出先で放射能の害を及ぼすこともあるからです。ただ、全てが汚染されているわけではないので、「放射性廃棄物」と「有価物」に仕分けし、それぞれの行き場に搬出する作業活動が廃止措置になります。ちなみに使用済燃料には再利用可能な核燃料物質が含まれており、再処理工場に搬出するため有価物としてとらえています。また廃止措置で発生する解体物などの物量のうち、放射性廃棄物と考えなくて良いものが約93%を占めています。
下図に「クリアランス物」とありますが、廃止措置で発生する物量の約7%にあたる放射性廃棄物のうち、機器や構造物の放射能濃度が低く、人の健康への影響がほとんどないものについて、国の認可の下で普通の有価物としてリサイクルもしくは産業廃棄物として処分できるようになる制度を「クリアランス制度」と称し、こうしたものの放射能濃度の上限値のことを「クリアランスレベル」と言います。基準はクリアランス物を取り扱う1年間に受ける放射線量が10マイクロシーベルト(μSv)=0.01ミリシーベルト(mSv)とごくわずか*で、クリアランスによって放射線防護の規制対象から外せば、社会で有効に活用できます。クリアランスレベルは放射性核種ごとに定められ、例えば施設の中で管理されていた部材は搬出後、どのような形態で再利用されるのかをシミュレーションし、放射線による障害のリスクレベルを算定しています。
*自然由来の放射性物質から受ける内部被ばくは日本で年間平均2.1ミリシーベルトなので1/100以下に相当する。またCTスキャンは撮影部位、撮影手法で異なるが、1回あたり5〜20ミリシーベルトにも相当。単位ミリシーベルトの1/1000がマイクロシーベルト。
では、低レベル放射性廃棄物の処分はどのようにするかというと3つのレベルに分けられ、L1:放射能レベルが比較的高い廃棄物、L2:放射能レベルが比較的低い廃棄物、L3:放射能レベルが極めて低い廃棄物になっています。かつて原子力の研究開発の時代には、放射性廃棄物の扱いは安易に考えられていて、試験的な海洋投棄も行われていました。しかし1975年発効のロンドン条約により世界で海洋投棄は禁止され、日本でも92年に青森県の六ヶ所低レベル放射性廃棄物埋設センターが操業を開始していますが、ここでは現在、運転中の原子力発電所で出た廃棄物のL2のみを対象としています。
放射性廃棄物の種類によって処分方法は異なり、L1に相当する炉内構造物、制御棒などは地中70m以深の中深度に埋設、L2の濃縮廃液、使用済み樹脂、焼却灰、フィルターなどはセメントなどで固化してピット(穴)に埋設、L3の施設の解体などで発生したコンクリートガラ、金属などは穴を掘ってそのままトレンチ(溝)処分になります。また使用済燃料を再処理し再利用できない高レベル廃棄物については地層処分になり、現在、北海道幌延町などで地層処分技術の研究が行われるとともに、日本全国で処分地選定に向けての動きが注目されています。
現在稼働中の低レベル放射性廃棄物の処分場は、先ほどの六ヶ所低レベル放射性廃棄物埋設センターで200Lのドラム缶約62万本相当分の埋設予定です。またJAEA(日本原子力研究開発機構発機構)の敷地内にある処分場では、63年運転開始の動力試験炉(JPDR)の解体に伴って発生した廃棄物を埋設しましたが現在は閉鎖され、原子力施設としての管理は30年間とされています。従って、原子力発電所の廃止措置に伴いこれから発生する放射性廃棄物のために必要な処分場は現状ではありません。
原子力施設の廃止措置を実施するためには、放射線の防護という特殊な条件があり、工程の遅延、コストの超過などリスクの分析と制御が欠かせないため、プロジェクト全体のマネジメントが必須になります。IAEAは廃止措置の基本戦略として①即時解体、②遅延解体、③原位置埋設の3つを提案しています。①は規制解除が早い時期にできるメリットがありますが、②は放射能の半減期を利用するので放射性廃棄物の発生量は減るものの規制解除まで時間がかかります。③になると放射能レベルが減衰するまで長大な時間がかかるので推奨はしていません。アメリカでは即時解体が増加しており、日本では30〜40年程度で完了させる計画にしています。
廃止措置には多様な活動が含まれますが、OECD/NEA(経済協力開発機構の原子力機関)が必要な作業を10項目に分類したところ、
1. 廃止措置の準備活動 : 放射能評価、計画の作成など
2. 施設停止作業 : 核燃料の撤去、系統除染など
3. 安全貯蔵などに向けた活動 : 安全貯蔵などの準備作業
4. 解体作業 : 機器の除染や解体など
5. 廃棄物処理・貯蔵・処分 : 発生する廃棄物の処理処分
6. サイト基盤整備と維持 : 施設の保守、検査、防護など
7. 従来型解体・改修など : 建屋などの解体と清掃・整地
8. プロジェクト管理 : 計画作成、品質保証、作業管理など
9. 研究開発 : 遠隔装置や計算プログラムなどの開発
10. 燃料・核燃料物質 : 使用済核燃料の中間貯蔵など
となり、事業者と各作業の契約者との綿密な連携が必要になります。
OECD/NEAが廃止措置をコストで評価したところ、8.のプロジェクトマネジメントにかかるコストが最も多く、150億円規模(1ドル100円の換算)で、次に廃棄物管理が100億円以上かかると考えられています。ところが日本ではプロジェクトマネジメントの費用は電力会社が行うから事業者コストとして廃止措置費用に含まれていませんでした。廃止措置の見積額は1970年代初めに運転を始めた小型炉(50万kW級)で360〜490億円、現在動いている大型炉(110万kW級)は570〜770億円かかるため、電力会社は廃止措置に係る費用の積み立てをしています。
廃止措置の計画は、原子力規制庁の認可が義務付けられており、それには作業工程も記載されています。現在提出されている原子力発電所の多くは、30〜40年で廃止措置を終了する計画ですが、問題は放射性廃棄物を処分場にまで搬出できるかどうかにかかっています。通常炉の場合、下に示した主要工程になり、第1段階は解体工事準備期間(残存放射能評価や核燃料物質の搬出など)、第2段階は原子炉本体周辺設備など解体撤去期間(周辺設備解体)、第3段階が原子炉本体など解体撤去期間、第4段階が建屋など解体撤去期間になります。解体物を搬出しなければ、施設内に保管しなければならず、その容量が超えると作業に遅延が生じます。また、L1からL3まで対応する廃棄物処分場の建設から運転までに必要なプロセスとして、立地、地元説明、許認可、建設、搬出などがあり、現在のところ、L1とL3の新規の処分場は立地段階からかなり困難だと考えられています。
通常炉であっても放射性廃棄物の搬出先が決まらない限り、廃止措置は完了しません。では福島第一原子力発電所の廃炉にかかわるタイムラインはどうなのかと言えば、現在までは事故対応と、施設の特性調査や安定化の段階にとどまり、本格的な燃料デブリの取り出しがいつになるか不明です。これが終わらないと廃止措置に関する作業が始まらないため、廃止措置の最終段階まで到達し、規制がいつ解除されるのか現段階では全く見えていません。
私が勤めている大学のある福井県には15基の原子力発電所があるため県民の関心がもともと高かったのですが、そのうち7基が廃止措置に移行となり、廃止措置についても関心を持って議論されています。県による「エネルギー研究開発拠点化計画」では、廃止措置関連ビジネスの育成のため、長期にわたる廃止措置を地域の産業振興につなげられるよう新産業の創出を目指すなど、長年エネルギーの拠点だった実績を今後どのように活かし展開していくかが注目されています。
また、世界的な傾向である循環型社会=有限な資源を効率的に再生可能な形で循環させながら利用していく社会、の実現のために、福井県では原子力発電所のクリアランス物を照明灯や外灯、自転車用のスタンドなどに再利用する試みをしてきました。今後は、廃止措置対象の原子力発電所の施設を放射性廃棄物として見るだけでなく、ビジネスの対象とみなしていくことも重要です。福井県に限らず、他の原子力施設の廃止措置においても、バックエンド対策(廃止措置に伴い発生する廃棄物や不要となった施設を安全に管理・処理すること)をどのように進めていくのかが重要な課題となるため、電力会社に任せきりの仕事と考えず、地域住民への情報公開や勉強会の開催により視野を広げた議論を行い、安全性・合理性・社会の利益に適切な着地点を求めていくことが必須となるでしょう。
Q:日本において廃止措置を推進するのは電力会社以外に他の組織はないのか。
A:海外では切断のプロ、除染のプロといった多様な知識を持った専門家が廃止措置プロジェクト推進のために集まり、巨大集団を管理するプロもいるが、今の日本の体制では電力会社の中に廃止措置の部門を作り、運転・保守の延長の感覚で行っている。
Q:国は廃止措置のプロジェクトマネジメントをどう考えているのか。
A:アメリカのように、いかにして合理的効率的に作業を進めるかを十分に考えているとは思えないが、これまで電力会社が独立してやっていたことを、国が資金管理も含めて全体をコントロールできるように進めようとしている。
Q:廃止措置がどういうものか一般の人たちにあまり知られていないのはなぜか。
A:廃止措置に必要な本当の仕事の説明が不十分によるためと思う。汚いもの、怖いものを扱うだけの仕事ではなく、ロボットを使用するなど創造的な新分野で行われていることを学生たちにも広め、さらに社会全体に知ってほしいと考えている。
福井大学付属国際原子力工学研究所客員教授
北海道大学大学院工学研究科修士課程を修了して1976年に日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)に入所。研究用原子炉(NSRR)を用いた反応度事故時の燃料挙動にかかわる研究に従事。82年から1年半米国アイダホ国立工学研究所で国際協力による炉心損傷にかかわる研究に従事。86年からはJPDR解体プロジェクトに参加し廃止措置及び放射性廃棄物処理などにかかわる実務と研究開発に従事。この間OECD/NEAの廃止措置国際協力に参加して技術諮問グループ副議長などを務める。2007年に旧サイクル機構と原子力研究所が統合されて日本原子力研究開発機構(JAEA)が発足してからは、バックエンド推進部門で副部門長として廃止措置及び放射性廃棄物の処理処分にかかわる技術開発の統括などを務め11年に退職。その後福井大学に移籍し主に廃止措置・放射性廃棄物管理にかかわる教育・研究に従事。福井大学を退職(22年)後は同大学の客員教授として引き続き研究・教育に従事し現在に至る。また、日本原子力学会における標準委員会のLLW廃棄体など製作・管理分科会の主査、福島第一原子力発電所廃炉検討委員会の委員として廃棄物検討分科会の主査などを務める。主な研究分野は、原子力施設の廃止措置及び放射性廃棄物の処理処分。廃止措置や廃棄物管理の様々なシナリオにかかわる最適性評価や意思決定などの研究を実施し、21年より原子力デコミッショニング研究会会長も務める。