私たちは忙しい日常生活の中で生き物をじっくり観察する機会が少ないため、自然界の生き物たちがどのように生きているのか考えることがないような気がします。始めに生き物の習性を学びながら、地球環境の変化により現在どのように生き物たちが変化しているのか、そして温暖化問題に対して私たちができることは何かについて、『ざんねんないきもの事典』を監修した今泉 忠明氏(動物学者、文筆家)にお話を伺いました。
『ざんねんないきもの事典』はこれまでに9冊出版されて、およそ500種の生き物の、人間から見るとちょっと残念に思えるエピソードを紹介しています。この本が子どもたちに人気がある理由は、普段から「頑張れ」と言われ続けている子どもたちが、ちょっと残念な欠点のある生き物たちの姿に共感したからではないかと思います。子どもたちに人気がある生き物の中にはダンゴムシがいます。今、都会に暮らしていると昆虫を目にすることは少なく、どこにでもいるダンゴムシは観察に貴重な生き物です。ダンゴムシというのは「曲がる方向がバレている」から残念なのです。迷路を作ってやると、最初に右に曲がると次は左、というように進路がすぐにわかってしまいます。ところが中には違う方向に向かうものもいて、100%同じ行動をしなかったからこそ、絶滅を免れたといえます。アリもじっと観察していると、全てが行列を作って同じ方向に向かい同じ作業をするわけではなく、2割くらいは動きが違うものがいます。このサボっていた2割が絶滅しないためのアイディアを持っていたから生き残ったわけで、人間だってサボることに意味があると本に書いたら、子どもたちは大喜びでした。
人間は生き物の中でも好奇心がとても強いです。例えば多くの人が毎年優秀な大学を出て画一的な大人に育ち省庁に勤めた場合、国としては横道にそれず同じように優秀な人材が継続されてありがたいでしょうが、知恵とは、もっと遊んだりアイディアを出し合って行くうちに身に付くものです。人と違ったことをしてもいい、それぞれ異なる特技が必ずあるのだから色々な子どもがいてもいいというのが、これからの日本には大事だと思うんですよ。
私は温暖化と動物に関連するニュースを1991年あたりからインターネットを利用して集めてきましたが、その数は520件を超えました。ホッキョクグマに関しては、2001年にWWF(世界自然保護基金)のニュースで「温暖化 失われるホッキョクグマの生息地」と紹介されています。ホッキョクグマは30kmも先のアザラシやセイウチの匂いがわかり、氷の海を泳ぎ氷上にいる獲物にこっそり近づいて捕獲するのですが、氷がなくなると獲物を捕まえられなくなります。北極や南極の生き物の生息危機を伝えるニュースは近年増えており、その上、極地に住んでいる先住民族イヌイットの人たちが夏場の暑さからついにエアコンを導入するという事態になっています。私たちが住んでいる日本は温帯なので、急激な温暖化をあまり感じないかもしれませんが、去年と同様、今夏も気温が高い日が続き、さらに雨が多かったですよね。温度が高い分、自然は地球を冷やそうと大量の雨を降らし、災害にもなっています。気候変動は数万年にも及ぶ地球の周期によるもので人間のせいとは言えないという学者もいますが、多くはこれまでの人間の営みのせいだとみなしています。
世界気象機関WMOは先日、18世紀後半の産業革命以前と比較し2024年は世界推定平均気温が1.5°C以上高くなると発表しました。気温上昇が巻き起こすリスクには、冷たい海流と暖かい海流の循環停止があります。北大西洋の海底で生まれた冷たい海流(深層海流)がアメリカ大陸に沿って南下し、大西洋、インド洋、太平洋へと流れこみ、北太平洋で勢いを失い暖かい表面海流と混ざり合い、また大西洋を北上して戻るという、長い時間をかけての循環がストップすれば、深層では冷たいまま海水面は熱いままになり、海洋生態系の崩壊にもつながるというのです。
2015年のCOP21で採択されたパリ協定では、世界の平均気温上昇を産業革命前を基準に2°Cより十分低く保ち1.5°Cに抑える目標を掲げ、具体策としてCO2排出削減に世界各国で取り組むことにしました。しかし経済活動の低下を危惧する声が各国から上がっています。でも知恵を使えば経済活動をストップせず温暖化を食い止める可能性もあるのです。日本の企業も参加している「ビジネスと生物多様性イニシアチブ」=企業が生物多様性の保全に積極的に取り組み本業を続けながら生物を守る活動がその一例です。
ホッキョクグマの話に戻りますが、海で狩りができなくなったため、陸上に上がり始めた結果、2007年にカナダでホッキョクグマの交種が発見されています。ホッキョクグマ(Polar Bear)と陸上に生態するハイイログマの一種グリズリべアー(Grizzly Bear)の交種だからピズリー(Pizzly)と名付けられました。もともとホッキョクグマはハイイログマの仲間でアジアに生息していましたが、ハイイログマは北米大陸へ移動し南下したのに対し、ホッキョクグマは、北極圏に渡り真っ白で首が長く泳ぐことに適合しました。ですからある意味、ハイイログマと交雑するということは元に戻るといえるかもしれません。ただし2050年には真っ白なホッキョクグマは2/3が死滅すると言われています。ピズリーがホッキョクグマの生き延びる道なのかもしれません。
アメリカ海洋大気庁NOAAは2050年には北極圏の氷がほとんどなくなると予測しています。北極は海の上に氷が浮かんでいてその周りを海が囲んでいます。下の画像では1950年の段階で北極は氷の海ですが、2050年にはロシアの沿岸はほとんど溶けてしまいます。現在すでに沿岸を輸送船が通れるほどになっており、ヨーロッパから東アジアを結ぶ最短ルートのため、南回りより輸送時間が短縮、燃料費も削減されるので、経済がもっと活性化するメリットがあると言われています。でもホッキョクグマにとってはどうでしょうか。北極がダメなら南極大陸に行けばいいと考える人もいますが、ホッキョクグマは南極に到達できない理由が3つあります。それは南極まで渡るのに温帯や熱帯を通らなければならず、冷たい水、アザラシやセイウチなど海産の食物、そして流氷というホッキョクグマに必須の3要素がないからです。日本の動物園では極地に生息する生き物に最大の配慮をして飼育しているため、私たちはホッキョクグマが生息している環境を想像することが容易ではありません。
では他の野生の動物についてはどうかというと、日本のノウサギは秋から冬になると、日の長さや気温の変化による酵素の活性化により全身が茶色から白色に自然になります。逆に春分の日が過ぎた頃になるとまた茶色い毛が生え環境に溶け込むことができます。つまり、雪が降るから白くなるのではないということです。ところが異常気象で雪が降らなくなると酵素の活性化によって自然に白くなった体が目立ってしまい、たちまち狐などに捕まるようになってしまいます。環境に適応していきる生き物たちにとって、その変化は生死にかかわるとても大きな影響を与えるのです。
温暖化の影響が生き物たちにどのような影響を与えているのか、その変化について私たちは普段の生活からなかなか感じにくいものです。私は、近い将来に噴火する予測がある富士山周辺で調査を続けています。何かが起こって変化してしまう前に、生き物たちの生息にどのような変化が少しずつ起きているのか記録を残しておけば、比較することができると考えています。
月に2回ほど行う現地調査で使うのは、まずドライブレコーダーです。車で走りながら動物を見つけたら車を止めて今度はビデオで撮影します。例えばニホンカモシカならば天然記念物なので個体識別のためのマーキングができないため顔の特徴を記録しておけば次に出会った時に個体識別ができます。また木に設定したカメラは、生き物の体温を感じるとシャッターが下りる仕組みになっており、ニホンカモシカは半径500mくらいのところで一頭で暮らしていることがわかりました。そして森が開けた場所では、アナグマがミミズを探した跡もカメラのデータからわかりました。でも穴を穿ったのがもしモグラだったらトンネルが続いているはずですから、穴に石膏を流し込んでトンネルの様子を調べたりします。それからぬかるみをかき回したような跡があったのでイノシシがいるなと思ったら、やはりその姿がカメラに写っていました。イノシシは神経質な生き物なのであまり人と接触することはないのですが、一度餌付けをしてしまうと人がいる近くに出てきます。ですから野生の生き物は自然のままにしておくのが一番です。また、山歩きをしていて少し開けた道は人間が作った道ではなく、けもの道であることが多いので、もし入り込んでしまったら元の道まで戻れば遭難しないですみます。
環境省は、「自然環境保全基礎調査」(通称「緑の国勢調査」)を続けています。これは全国の自然環境の現状を植生や野生生物の生息状況と合わせて把握するための調査で、報告は自然保護などのための基礎資料となっています。私が富士山麓で行っている活動でも、1年程度は電池寿命が持続する森に仕掛けたカメラで撮影した記録から、例えば以前はここにはシカがいたけれど今はもう生息していないといった変化を記録できるので、それを元に分布図を作成しています。
2015年に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」SDGsが今、注目されています。これは人類が安定してこの世界で暮らし続けられるよう、2030年までに達成すべき具体的な17の目標です。私にできることは14.「海の豊かさを守ろう」、15.「陸の豊かさを守ろう」ということで、ゴミをむやみに捨てない、リサイクルするなど、自分でできる身近なことから始めるのが大切だと思っています。今の子供たちは『ざんねんないきもの事典』を読んで生き物について考えており、学校ではSDGsを学んでいますから、大人になった時に地球温暖化について問題解決の方法を探し出し、きっと素晴らしい世界をつくってくれるのではないかと願っています。
動物学者/文筆家
1944年東京都生まれ。東京水産大学(現・東京海洋大学)卒業。国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。文部省(現・文部科学省)の国際生物学事業計画調査や環境庁(現・環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査などに参加。トウホクノウサギやニホンカワウソの生態、富士山の動物相、トガリネズミをはじめとする小型哺乳類の生態、行動などを調査している。上野動物園の動物解説員、ねこの博物館館長、日本動物科学研究所所長などを歴任。ベストセラー『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)のほか、多くの図鑑監修を手掛ける。