ETT企画委員が企画した勉強会を経団連会館とZoomによるオンライン参加のハイブリッド型で開催しました。気象学や天気予報の基礎知識、近年の異常気象の傾向や地球温暖化に対する最近の研究などについて、隈 健一氏(東京大学先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)にお話を伺った後、メンバーによる意見交換と質疑応答を行いました。
天候や気象は生活環境の基本要素として社会や産業などに大きな影響があり、災害という災いの面と、一方では日本において美しい四季を生む恵みの面もあります。そして2015年の国連総会で設立されたSDGs「2030年までに達成すべき持続可能な開発目標」の中にも「気候変動に具体的な対策を」という項目が掲げられています。
日本における1945年以降の自然災害による人的災害で突出して多くの犠牲者を出したのは地震と津波被害です。しかし昭和の三大台風と言われる室戸台風(34年)、枕崎台風(45年)、伊勢湾台風(59年)では、千人以上の犠牲者が出ました。高潮、洪水、土砂災害といった水に関係する災害は多くの犠牲者をもたらします。その後も百人以上の犠牲者を出す台風や豪雨災害はありましたが、90年代に入ってからは堤防などの設置や防災気象情報の伝達などにより、風水害による犠牲者はおおむね数十人以下になりました。ところが2004年には状況が一変します。この年、日本には台風が10個も上陸し、特に台風第23号では西日本各地で百人近い犠牲者を出しました。その後も11年には台風第12号による紀伊半島の大水害、18年の西日本豪雨のほか、19年の東日本台風や20年の球磨川流域での記録的大雨災害等、百人前後以上の犠牲者が出るようになりました。
一方、過去の風水害などによる保険金の支払額を見ると、トップは暴風や高潮で関西の被害が大きかった18年の台風第21号で、次に19年の東日本台風、そして同年に発生した房総半島台風は関東を中心に停電が多発し、過去4位の財産被害でした。このように、財産被害については風台風が相対的に大きくなる傾向が見られます。人的被害と財産被害は、気象の激しさだけで決まるものではなく、社会インフラや防災対策の脆弱性、そして人口密集地帯といった社会的条件が重なることで大きな被害が発生するのです。
毎年の年末に発表されている流行語大賞において、07年「猛暑日」、08年「ゲリラ豪雨」、12年「爆弾低気圧」、17年「線状降水帯」、18年「災害級の暑さ」など、気象関係の用語がノミネートされるようになり、気象が激しくなったことを象徴していると言えます。2024年の元旦に起きた能登半島地震に引き続き9月にはその地震被災地に線状降水帯による大雨災害が発生しましたが、輪島の降水量は過去最高を記録しています。また近年では、日本海側でも災害をもたらすような大雨が増えてきているという観測事実があります。その原因として日本海の海面水温上昇により線状降水帯が発達しやすくなった可能性があります。なお、地震と大雨は別の現象ですが、地震で起きた土砂崩壊が川を堰き止めて天然ダムになり、それが大雨で決壊して下流で大きな被害が出るなどの複合災害の危険性を忘れてはなりません。
地球の大気層は、地上から約10kmまでが対流圏、その上の約50kmまでが成層圏、さらにその上が中間圏と呼ばれています。成層圏にはオゾン層があり、太陽からの有害な紫外線を吸収して地球上の生命を守ってくれています。かつて冷蔵庫やエアコンの冷媒として使われていたフロンガスがオゾン層の破壊の原因と確認され、製造が規制されるようになってオゾン層を守ることができるようになり、地球環境問題に対する人類の叡智の成功事例にもなりました。
人類の生活圏でもある対流圏は大事な領域です。地面付近の空気は暖かくて軽いので上昇し、上に行くと気圧が低いので膨張して冷たく重くなりそれ以上は上昇できなくなります。ただし、空気中の水蒸気が凝結すると熱を放出するため、上空に持ち上げられた空気は周りの空気より暖かく軽くなることがあり、この場合はさらに上昇します。こうして高さ1万mくらいまでの上昇気流が発生すると、積乱雲になるのです。このようにして上下の空気が対流することから、対流圏と呼ばれています。
空気中の水蒸気が全部雨となって降ってきたらどのくらいの量になるかというと、夏の日本付近では約50mmです。激しい夕立がざっと1時間程度降るときの雨量がこの程度です。地球が温暖化すると空気はより多くの水蒸気を含むことができ(満員となる水蒸気量が増える)、夕立の雨の量も増えます。また、線状降水帯により50mmの雨をもたらす雲が次々と発生して同じ場所を通過すると、同じところで数時間に200-300mm程度の大雨をもたらして災害をもたらします。
地球は太陽から日射を受け暖められ、地面や大気から赤外線を放出することで冷やされ、そのバランスを保とうとしています。太陽からの日射量の南北の違いが南北の気温差となり、赤道付近で上昇した空気が南北に分かれて緯度30度付近で下降し、再び赤道に向かって循環します。この空気の流れに地球の自転の効果が加わると、中緯度の上空には地球の周りを西から東に偏西風が吹くようになります。この偏西風が南北に波打つように蛇行すると異常気象を起こしやすいと言われています。そして、地球を暖める力と冷やす力のバランスが温室効果ガスにより崩れて地球が温暖化するという研究を先頭に立って進めた真鍋淑郎博士が、2021年、ノーベル物理学賞を受賞しました。
2023年、国連のグテーレス事務総長の「地球沸騰」発言からも、地球の気候がこれまでと違ってきていると感じている人が多いのではないでしょうか。日本でも2018年には熱中症の犠牲者数が1,500人を超え、21年からは環境省と気象庁が共同で熱中症警戒アラートで熱中症への対策を呼びかけるようになりました。その2018年より2023年はさらに暑く、そして2024年は2023年を軽く超えるような猛暑の回数でした。なお、日本においては、この150年の間に都市化が進んでいるため、地球温暖化に加えてヒートアイランド現象の影響も猛暑の増加をもたらしています。気象庁では都市化が進んでいない15地点を選定し、これらの観測結果から統計を用いて地球温暖化の影響を評価しています。これら15地点でも近年の気温上昇は顕著ですが、東京、大阪、名古屋ではヒートアイランドの影響によりさらに気温上昇が大きくなっています。
海面水温は100年の間に日本付近の全海域平均で1.28°C上昇しています。これにより海面付近の気温が上昇し、1℃の気温上昇で満員となる水蒸気の量が約7%増えます。水蒸気は雨の原料となりますので、大雨時の雨量も7%程度増えてもおかしくありません。日本列島は海に囲まれているので、周辺の海面水温の上昇が日本付近の水蒸気を増加させて大雨の原因になっていると言えるのです。年間の総降水量については増加傾向が見られるわけではないのですが、大雨の頻度は長期的に増える傾向が観測により確認されています。
台風は海面水温の高い日本の南海上で最も発達し日本に上陸する際は弱まる傾向があるのですが、近年は日本の近くでも海面水温が高いため、衰えず時には発達しながら上陸することもあります。なお、地球温暖化があまり進行していなかった昭和の前半期に、室戸台風、枕崎台風、伊勢湾台風といった記録的な勢力の台風が上陸していたという観測事実もあります。海面水温が上昇してきた近年に、このような台風が上陸するような事態になると、過去の記録よりもさらに強い勢力で上陸するということも懸念されます。
異常気象は地球温暖化に加えて自然の変動が重なることによって起こることが多いです。先ほど述べた偏西風の蛇行などがこの自然変動の一例です。自然変動の中には氷期や間氷期のようにとても長いサイクルで発生するものもあります。地球の歴史では、氷期・間氷期のように一千年、一万年単位での気温の大きな変動はありましたが、この100年はその大きな変動がわずか100年程度という短い期間で起きていることが特徴的です。
昔からの観天望気で「夕焼けが見えたら明日はいい天気」と判断するのは科学的にも根拠があります。西から東に偏西風が吹いているので、天気も西から東に移動するためです。しかし頭上の空を見て天気を予報するには限界があり、やがて気象観測を世界中で行い、そのデータを交換し合うことで天気図を描いて天気予報を行う国際協力が19世紀に始まりました。日本でも世界に遅れることなく明治時代から天気図を描いて天気予報をしていました。第二次世界大戦後にコンピューターによる天気予報(数値予報)がアメリカで始まります。日本でも中央気象台(のちの気象庁)と東京大学の共同グループが数値予報の研究開発を開始し、1959年に気象庁は大型計算機を導入して数値予報業務を始めました。
観測により得られるデータは地点での値で、それをデータ同化により4次元(3次元空間+時間軸)空間に反映します。そして1.前の時間の予報値を解析の第一推定値にする→2. 観測データを第一推定値に反映して初期値を作る→3. その初期値を出発点とする予報値ができてそれを次の解析の第一推定値にするという流れです。この繰り返しで次々と解析値と予報値を作る手法は世界の気象機関の天気予報の基礎になっています。
格子間隔を細かくするほどより正確な予報になりますが計算量は膨大になります。スーパーコンピューターの高速化により格子間隔を細かくして精度を高めてきました。さらにさまざまな分野で技術開発した成果によっても予測誤差が減少し、台風の進路予想の精度は、日本が世界のトップだった時期もありました。
それでも予報は外れます。その理由の一つがバタフライエフェクトです。初期値にわずかな誤差があれば、大気に含まれるカオスの性質によりわずかな誤差を時間とともに大きくしてしまいます。バタフライエフェクトの対策として、一つの予測だけに頼らず数多くの予測を行なって、それらを統計処理して用いるアンサンブル予報があります。
数値予報で予報できるのはせいぜい10kmくらいの広がりを持つ現象で細かなところは守備範囲外です。しかし、社会のニーズの多くは頭の上の天気であり、そのニーズに応えることが重要で、いくつかの取り組みが進められています。1つ目はナウキャストと呼ばれるもので、どこで今雨が降っているのかといった実況に近い情報をスマホなどに伝えることです。2つ目はガイダンスと呼ばれるアプローチで、機械学習の初歩的な手法が天気の予測に古くから使われています。この手法では天気の予測だけでなく、天気に影響される商品の売れ行き予測なども原理的には可能です。3つ目は、さらに細かい気象モデルを利用する力学的ダウンスケールで、街の構造を含む地表面の詳細なデータを使って、たとえば高層ビルの気象への影響をシミュレーションします。
天気予報に使われる観測をいくつか紹介しましょう。①静止気象衛星「ひまわり」は赤道上空36,000kmから日本の上空を24時間365日観測しています。②気象レーダーによる観測では、レーダーから発射される電波が雨粒などで反射される性質を利用して、雨の水平分布を知ることができます。気象衛星や気象レーダーは、人のいない海上なども観測できますが、実際の雨量を観測しているわけではありません。③実際の雨量については、国内約1,300カ所で観測して自動的にデータを集める仕組み、アメダスが1970年代に開始されました。観測は正確なものの20km四方に観測点1点くらいの配置ですので、それより細かいデータは得られません。面的に正確なデータを得るためにレーダー観測とアメダス観測を組み合わせ、1kmメッシュで雨量の解析を行っています。
気候変動へのアプローチは、天気予報と同じようなツールを使いながら、異なるアプローチが必要になってきます。たとえばエルニーニョやラニーニャといった季節予報になると、大気のみならず海の解析や予測も一緒に実施します。天気予報で使うアンサンブル手法は、今ある情報にはすでに誤差がありそれがどう変化していくのかを見るのが主目的でしたが、温暖化予測のアンサンブル手法では、人間活動による地球温暖化の影響を、自然変動と切り離して評価することが重要です。このアンサンブル手法を活用して、猛暑や大雨等への地球温暖化の影響を評価するのがイベントアトリビューションという技術で、最近では盛んに行われています。たとえば2018年の猛暑について、自然変動だけでは説明できず、地球温暖化に自然変動が重なった結果として発生したのではないかといった研究が進められています。
数値予報の一連のプロセスを過去の観測データを用いて計算することで過去の解析値を得ることできます。これを再解析と呼びます。過去に起こったデータを基にして仮想空間上に現実世界と同じ環境を再現するデジタルツイン*を気象分野で実現したものです。過去に起きたことを正確に再現することで、今後起こるであろうリスクへの対応を効果的に準備できます。また過去の事例から学ぶことで太陽光発電や風力発電のより効果的な運用にも結びつけることができます。
*現実の世界から収集したさまざまなデータを双子のようにコンピューター上で再現する技術
地球温暖化影響の顕在化が進む中で、温暖化緩和策や適応策などに対応できる社会の構築が課題となり、そのために過去の気象データから学び、未来に役立てることが重要になっています。最近急速に発展してきたAI技術を使えば、スーパーコンピューターを用いる天気予報に匹敵する予報が出せるかもしれないと話題になっていますが、再解析データの機械学習がAI予報には必要です。機械学習を通じて地球デジタルツインでもある再解析データが技術基盤となってさまざまな社会応用ができる時代になりました。そのためには持続的に再解析データを作成する仕組みも必要であり、人的資源や計算資源等お金のかかる仕組みを回すため、経済界との連携も必要になってくると考えています。
講演後にグループディスカッションで意見交換を行った後、隈氏との質疑応答を行いました。「線状降水帯は近年になってできたのか」という問いに対し、「昔もあったはずだがレーダーと雨量計を組み合わせた解析の分解能が昔の尺度と異なり比較できないため、現在1990年代から過去のデータの分析をし直している」と答えられました。「温暖化はどんどん進んでいるのは明らかだが、進捗を減速させるには具体的にどうしたらいいのか」については、「CO2排出削減がメインだが、それがうまくいかない場合、日射を防ぐために成層圏に塵をまくというプランも検討されている。かつて火山の噴火で自然に塵がばら撒かれた際に、確かに気温は低下したが、これを人工的に実施する際にはさまざまな副作用も想定される。そこまでやらなくても済むように産業界で脱炭素と経済成長のバランスを取ってほしい」と答えられました。「悲惨な災害が起きる前に、たとえば台風の強度を弱めるような技術研究はなされないのか」という質問については、「気象を制御する研究は人為的コントロールによる損害賠償問題も含めて研究として検討されてはいるが、自然を変えずに、気象予測に基づいて最適な対応をするという形が望ましいのでは」と答えられ、さらに「地球温暖化緩和策・適応策について具体的にどう考えているか」に対しては、「適応策は、たとえば気象気候データを農業の長期的計画に反映するというのが重要、緩和策としては気象に左右され使いにくいと言われる再エネについて、気象予測によって効率的に使用されるようになるのが望ましい。逆に太陽光、風力発電の発電量のデータをフィードバックしてもらい、気象予測の解析に役立てる選択肢もある。いろいろな分野のデータと気象のデータが相互協力できる社会を構築したい」と答えられました。
東京大学先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー
1981年、東京大学理学部地球物理学科卒業、83年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、気象庁入庁。88年―90年、米国フロリダ州立大学。航空気象管理官、数値予報課長、福岡管区気象台長、東京管区気象台長、観測部長を経て2017年に気象研究所長。19年に気象庁を退職後、東京大学先端科学技術研究センター、20年から科学技術振興機構(JST)の共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)のもとで、ClimCORE(地域気象データと先端学術による戦略的社会共創拠点)と呼ばれるプロジェクトを推進中。著書に「ビジネス教養としての気象学」(日本経済新聞出版)、監修書に「こども気象学」(新星出版社)。
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