最近の社会情勢の激変を受け、世界ではエネルギー政策に大きな動きが見られます。これからの日本はどのようなエネルギーの選択が適切なのかなど、松尾豪氏(合同会社エネルギー経済社会研究所代表取締役)にお話を伺い、その後、講演内容に基づいて石窪奈穂美氏(消費生活アドバイザー)との対談トーク、質疑応答が行われました。
2015年9月の国連サミットで採択されたSDGsでは、誰一人も取り残さず持続可能な成長ができるために17の目標が掲げられ、これまでは特に環境が意識されてきました。21年にはCOP26において2050年の脱炭素を目指し、日本でも当時の菅首相がカーボンニュートラル宣言を表明し、第6次エネルギー基本計画では野心的な目標が設定されました。日本のエネルギー政策は安全性Sを大前提に安定供給、経済効率性、環境適合の3Eを同時に達成するエネルギーシステムを目指しています。1990年代からのエネルギーの変遷を見ていくと、 東日本大震災の少し後までは環境適合と経済効率性が特に注目されていましたが、寒波による急激な電力需要の高まりなどにより21年から需給の逼迫が起こり、安定供給の重要性を実感するきっかけとなりました。また22年からのロシア軍によるウクライナ侵攻を経て、全世界的なLNG/天然ガス不足が生じ、エネルギーコストが一気に上がりました。
昨年5月、前経済産業大臣はエネルギー政策は戦後最大の難所にあると発言しました。なぜかというと今後データセンターや半導体工場建設の増加、脱炭素のため製鉄所の電炉化も含め電力需要の増加が見込まれているので、3Eの中でも最も重要な安定供給に対する懸念とともに、経済効率性つまり料金の安定が問題になっているからです。環境面ばかりを重視した欧州の一部の国では経済危機にまで陥り、エネルギーコストが安い国への産業の移転により産業空洞化と国内の雇用の喪失が起こりました。日本は同じ轍(てつ)を踏まないためにも拙速な脱炭素移行は避けるべきで、逆に遅すぎると非脱炭素の日本製品は海外で輸入されない懸念もあり、このバランスが非常に難しくなっています。
今後の電力需要増加の要因であるデータセンターは関東、関西、北海道エリアに新設計画があり、いずれも特定地区に集中する傾向があります。そして次は九州地区に新設の声が上がっており、その理由は電気料金が安いからです。熊本ではすでに半導体のTSMCが量産を開始し、今後も工場を拡大すると考えられます。TSMCは世界最大級の半導体メーカーですが、台湾の電力需要の1割を占めており、自国では電力不足のため、確実に半導体の出荷先がある日本へ進出しているのです。一方、北海道に工場を建設中の世界最先端の半導体製作会社、Rapidusの場合、未だ顧客が決まらないので、この先、実際に電気を使い始めるのかは不透明です。
データセンターについては、国際エネルギー機関(IEA)が4年間で、電力需要が日本一カ国分に相当する2.2倍に膨れ上がる可能性を示唆しています。今後は生成AI需要によりさらに市場拡大が加速する可能性もあります。すでに北米では東海岸のバージニア州だけで日本の5倍近くの設備容量規模になっています。データセンターは、家庭や工場と異なり24時間安定的に電気を使うため電力需要に対して供給が追いつくのか、かなり深刻な状況です。ただし顧客がサーバーにデータの預入れをしなければデータセンターは稼働しないので、現実的には電力需要の伸びは少し後ろ倒しになると見ています。
これまでアメリカではクリーンエネルギーにシフトしてきましたが、天然ガス火力発電増設や石炭火力の運転延長で電力需要の増大に対応しようとしています。なぜ急ぐのかというと、データセンターの工事期間は2年以内のため、24時間365日稼働する電力需要が局所的かつ急激に増加する恐れがあるからです。発電所は新しい地点から選定・新設するのに10年単位で時間がかかります。そのため先行投資で作らなければなりませんが、データセンターの稼動とタイムラグがあるためその建設コストや上昇する電気料金を事業者にどのように負担してもらうかが課題です。また変電所や系統投資も必要になります。半導体工場も生産効率性向上のため一カ所に集中立地する傾向があり、現在、変圧器の発注から据付まで10年もかかると言われ、加速するデジタルの流れに追いつかず、結局は電力供給能力のある地点に移行せざるをえません。データセンターのサーバーの耐用年数は5年ほどで、半導体工場も短期間で入れ替わりますが、それに対して発電所は50年以上かけて使用されます。今後はこのタイムラグを考えていかなければなりません。
電力需要の増加を賄い、安定的な供給が行え、カーボンニュートラルも目指すならば、どうしても原子力電源が必要になります。日本の原子力発電は約60年の運転が認められていますが、それでも2040年代から廃炉ラッシュになります。だからこそ新設やリプレイスを今から考えていかなければなりません。フランスでは太陽光発電出力が増加する昼間に原子力発電の出力を抑えるなど、原子力と再エネの補完関係が構築されており、日本でもエネルギー危機に備えて改めて原子力の役割を考慮する必要があります。
世界各国で、脱炭素とエネルギー自給率向上に向け、原子力の電源開発や運転延長の流れが進みつつあります。アメリカではデータセンターの電力供給として原子力発電活用を目指しており、たとえばマイクロソフトは、2019年に運転停止したスリーマイル原発1号機(2号機はメルトダウン事故で廃炉)を再稼働させ電力を調達する契約を結びました。他にもGoogleやAmazonはSMR(小型モジュール炉)から電力を購入する計画があります。データセンター事業者は、原子力発電とのPPA(電力利用者と発電事業者との直接契約)により、長期契約によるコスト軽減などのメリットを利用することもできます。アメリカは原子力船を数多く保有し、たくさんの原子力エンジニアがいるため、データセンターとSMRの併設を視野に入れることができますが、日本では原子力発電所ができる土地が制限されているため厳しいかと思います。
欧州では再エネ移行への強い声があったため、風力を中心に大量に導入してきましたが、風が吹かず出力低下により火力発電増加で対応せざるを得ず、天然ガスが大量に使用され市場価格が高騰しました。このエネルギー危機を経て、再エネの出力変動問題がやっと再認識されました。また太陽光は需要が少ない日中に発電し、需要が多くなる夏の夕方などに発電量は減少し使えません。そして日本では、寒波と降雪が重なった冬季に電力需要が増大することで需給逼迫を引き起こすケースが多く、今後再エネ導入が加速すると、制御可能な電源がより必要になってきます。
日本国内では再エネ立地が九州・東北に集中し、再エネ電源も昼間に発電が集中することから、諸外国に比べて出力抑制の頻度が高く経済性が低下しています。なぜかというと、欧州の風力の場合は比較的送電時間が分散されるのに対し、日本は太陽光の割合が多く大量に発電した電気を送ろうとしても晴れた昼間は送電線が渋滞して送れません。今後も再エネを増加させるのなら電力系統も増強しなければなりませんが、コスト負担とのバランスを考慮することも必要になります。というのは、地域によっては人口減少、電力需要の低下が今後も続き、インフラ投資コストが電気料金高止まりに跳ね返ってくるからです。再エネの新設コストも下げ止まりの状況にあり、また2011年度に始まったFIT(固定価格買取制度)が満了すると、補助金がなくなる発電所が残り、これだけ増加した太陽光発電所を誰がどういう形で維持・管理していくのかが問題にもなっています。
再エネを補完するために必要な火力発電にも課題があります。現在、日本の電源構成はLNGと石炭で65%を占めており電力の安定供給に不可欠です。その中で石炭はCO2排出量が多いために悪者扱いされていますが、石炭にしかない価値があります。気体の天然ガスをマイナス162℃まで冷却して液化させ体積を1/600にしてタンカーで運び貯蔵したLNGは、時間経過で蒸発していくため最大2週間分しか貯蔵できません。一方、石炭は発電所の側に広大な貯炭場があり、最大40日分、過去の事例では半年以上貯蔵できるのです。
またLNGは航海輸送で3週間かかり、その上、調達まで液化施設でLNGを作る必要がありますが、現在作業は混み合っており、手に入れるまでに3カ月もかかるので、日本のような島国にとって石炭は貴重です。また海外とのLNG取引契約には、すぐに買える短期のスポット取引と長期で一定量買うターム契約がありますが、カーボンニュートラルへの配慮から、最近では日本はスポット契約が増加しつつあるのも問題化しています。諸外国が今後LNGの需要を増やしスポット取引を増加させていく中で、国際的エネルギー価格の上昇に備えた安定的な確保が必要になります。
一方、石炭についても、日本は現在輸入の70%を占めているオーストラリアで鉱山の閉山が増えていることが課題であり、調達先の多角化など改めて日本のエネルギー調達のあり方を考え直さなければいけない時期になっています。
第7次エネルギー基本計画の原案では、エネルギーの安全保障と現実的な脱炭素が意識されてはいるものの、原子力も再エネも目標数値まで本当に増加させることができるのか不確実性があります。そうなると火力発電がカバーしなければ日本のエネルギーは足りません。西側諸国では現在、エネルギーセキュリティの考え方が重要になってきており、カーボンニュートラルにあたって化石資源の開発を継続しながら、環境面だけでなく社会・経済の視点からも持続可能な形で移行を目指そうとしています。日本においても、エネルギーのベストミックスという観点から、慎重に議論を行っていくべきだと考えています。
石窪:今後、日本の電力の需要と供給はどうなっていくのか。
松尾:人体に例えると、血液を送る心臓が発電所、血管が送電線だから、電力需要=体が急激に大きくなっても心臓がそのままでは送り出す血液も少ないし、血管も太くしなければいけない。また発電所のガスタービンでさえ10年先まで受注でいっぱいという状態だ。データセンターが電力を食い尽くしてしまうという懸念が真剣に話されるようになり、社会、経済、家庭の生活も含めて維持するために、データセンターの建設ペースを少し落とすかもしれない。
石窪:私たちの電気料金は今後どうなるのか。
松尾:再エネ賦課金は抑制が難しく、上昇をどうやって抑えていくのか考えなければいけない。また化石燃料価格上昇の影響も受けている。2026、27年はLNG供給量が増え価格が下がるかもしれないが、その後、環境面からLNG精製施設に投資が回らないと28年以降は上昇傾向になるかもしれない。
石窪:日本全国で燃料の構成によって電気料金が違うのか。
松尾:化石燃料の比率が高い地域では燃料価格上昇により電気料金が上がる一方、原子力発電所が比較的稼働している九州と関西はあまり値上がりしていない。
石窪:持続可能なエネルギーシステムについてご自身ではどう考えているか。
松尾:原子力を停止しさらに石炭火力を2030年までに停止しようとしていたドイツは、元々の目標2038年までに戻して、それでも終えられないという声も出てきた。エネルギーの移行は適切なバランスを探っていく必要がある。化石資源の使用を少しずつ減らすとしても、今、資源開発をやめてしまうと、火力発電量が足りなくなるのは必至だ。日本の電源構成の2/3は火力が占めているので、徐々に脱炭素化し再エネと原子力を少しでも増やすことが大事だ。
石窪:低炭素の火力というのはどういうものなのか。
松尾:石炭とアンモニアを混ぜてCO2を減らしたら低炭素火力になるし、LNGと水素が使用された低炭素火力は2050年には水素を専焼させるロードマップになっている。国際公約化しがちな数字を示す際、G7における日本の立ち位置を考えた建前で表現している。
石窪:パリ協定を離脱したトランプ政権に対する考えはどうか。
松尾:世界でデータセンター需要拡大だとパリ協定の2050年カーボンニュートラル達成はそもそも厳しい。センセーショナルな言葉が目立つトランプだが本音と建前の部分があり、電力需要が急増する状況で供給量が増えなければ国民生活に影響が出る。だから国内資源を開発しろというのが本音だろう。日本にとっても有益性があるかもしれない。
会場-Q1:世界の原子力情勢の中で日本の若い世代は技術や開発に関わっていけるのか。
松尾:現在、原子力の空白地帯といえる東南アジアでは、バングラデシュがロシアの原子力を採用した。原子炉と燃料のサプライチェーンも含めた安全保障面で、今後は西側、東側で大きな違いがあるのが課題になっている。原子力計画がある国ベトナム、フィリピン、インドネシアなどで進める可能性があれば、日本は国内の新設計画と並行して参加すべきだと思う。
会場-Q2:データセンターのために発電所、系統、変電所など色々と作って電気使用量が増えることで私たちの電気料金にどう影響するのか。
松尾:電気の需要までにタイムラグがある上、5年で使い終わるサーバーが入っているようなデータセンターがなくなると、一般家庭の電気料金への影響が否定できない。データセンターのために新たな電力施設を作るのであれば、そのコストを事業者に負担してもらうという考えが出始めている。
会場-Q3:政府を含めデジタル化を進めている日本は、自給率が低いのにエネルギーをバランスよく維持できるのだろうか。
松尾:データセンターで電力需要が増える中で、供給力、発電所の増強はしなくてはならない。現実的手段として、最終的に原子力に頼ることになるが、開発には時間がかかるため、北米のように短期的には再エネとガスの組み合わせを広めていく方針だと理解している。ただ原子力の開発を同時並行で進めていき、ガス、石炭の部分を原子力への置き換えを目指していると認識している。
石窪:世界の現状、日本の置かれている現状、そして私たちの生活への影響について関心を持ちながら、国がどのように適切なバランスとタイミングでエネルギー対策に取り組んでいくかを今後も見ていきたい。
合同会社エネルギー経済社会研究所代表取締役
1986年鹿児島県薩摩川内市生まれ。千葉県出身。大学在学中に会社起業を経て、小売電気事業者(新電力)のイーレックスに入社、営業・経営企画(制度渉外)を担当。2019年ディー・エヌ・エー入社、電力事業開発・海外電力制度・市場調査を担当。現在、合同会社エネルギー経済社会研究所 代表取締役、リエスパワー株式会社 社外取締役。電気学会正員、公益事業学会会員、CIGRE会員、エネルギー・資源学会会員。東京大学先端科学技術研究センター創発戦略研究オープンラボ所属(研究会「ロシア・ウクライナ戦争の背景・展望・帰結」)