40年以上パイロットとして活躍され、上空からの観察で地球環境の変化を感じていらした小林 宏之氏(リスクマネジメント・危機管理専門家/航空評論家)に、地球温暖化問題や解決に適した日本のエネルギーについて、またリスク管理とはどういうものかなど、お話いただきました。
現代では誰もが快適にインターネットを利用できるようになり、手軽なスマホを使って日常的にアクセスしているため、情報が膨大な量になりました。こうした情報の洪水によりデータセンターの需要が急増したことで、電力消費量も大幅に増加しています。2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故後、原子力発電所が停止した影響で電力が逼迫したこともありましたが、各電力会社の努力によりなんとか停電を防げました。しかし今も綱渡りの状況と言えます。なぜかというと、化石燃料による発電が増加したために温室効果ガスの排出量が増加し地球温暖化を促進しているからです。そのため政府は再エネの最大限の活用や原子力の有効活用、省エネを奨励しています。
地球温暖化の影響でこのままでは2060年には世界の気温が1.5°C上昇すると言われています。パリ協定では世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすると採択されたのに、アメリカではトランプ大統領の再選で、地球温暖化を否定し、パリ協定からも再離脱しました。そして今後は化石燃料を増産すると発言しています。トランプ政権が続く限り、おそらく地球の気温はもっと上昇するので、しばらくの間は不都合な影響に対応していかなくてはなりません。
昨年の夏、日本ではかつてない猛暑が続きましたが、これから異常気象が当たり前になってくるかもしれません。海面温度の上昇が進んでいるため、海面から上がった蒸気に下から冷たい空気が入って積乱雲ができ、局地的豪雨が増えます。そして2、30年前までは台風の発生はフィリピンの南海上でしたが、今は日本に近づいてから温帯低気圧が台風に発達するようになりました。
地球規模では、北極海の氷が急速に姿を消しています。私はパイロットとして40年間、上空から地球を見てきましたが、ヨーロッパに向かう便で見える北極海は真夏でも真っ白でしたが2000年くらいから割れ目が見えるようになり、2007年には青い海面が見えるようになったのです。私は操縦席から撮影する許可を得ているため、その写真を新聞社に送ったところ、新聞の一面を飾ることもありました。またヨーロッパやアラスカの氷河も溶けているのが見えました。そしてエジプトのカイロからナイル川沿いに南下すると、かつて川があったところが途切れ古代には肥沃(ひよく)だったはずの地帯が砂漠になっているのがわかります。地球上の水の約97%は海です。陸にあるのは3%未満。陸水のうち氷河が最も多く、次に多いのが地下水です。サウジアラビアやメキシコ、ネバダ砂漠などを上空から見ると、地下水を汲み上げて散水しているのがわかります。
また上空からは森林火災もよく見えます。かつて成田からフランクフルトへの飛行中にシベリアの森林火災を6カ所で観察したことがありました。ほとんど人が住んでいない地域ですから落雷や木々がこすれて発火したと思われ、今年の1〜2月、ロサンゼルスで乾燥と高温で広範囲な山火事が3週間続いたのも、同様の原因かと思われます。そしてCO2を吸収する森林が逆に火災でCO2を排出しています。気候変動によるこうした環境破壊は、貧しい国々の特に子どもたちに飢餓問題を引き起こします。そして日本では昨年9月の能登半島における集中豪雨のような気象災害がいつどこで起こるかわからなくなっており、備えが必要になっています。
温暖化問題の原因と言われるCO2などの温室効果ガスは、もしなければ太陽から受けた熱が地球の大気圏外に逃げて地球の平均気温はマイナス16°CになってしまうのでCO2自体は決して悪いものではないですが、その量が問題なのです。例えれば、布団1枚分だった温室効果ガスが今は2枚になって、さらに3枚分が地球を覆うと温暖化が進みます。だからCO2をなるべく減らそうとしているのです。
日本航空では1993年から飛行機で上空の大気を収集して研究機関に送っていますが、北半球、南半球でもCO2が増加していることがわかっています。また地上から2,000m以下のCO2濃度は地域により異なりますが2,000m以上の上空では地球上どこも同じなので、地球環境の保護は地球規模で行わないと効果がありません。現在、CO2排出量のトップは石炭火力発電が多い中国で、2位がアメリカですが、トランプ大統領のもとで今後は増加すると思われます。国際会議ではCO2を削減しようと言っていますが、発展途上国は今後の経済発展のためCO2排出量の増加は必至で、排出抑制のための資金を先進国が出すよう要求しており、先進国と後進国の意見はかみ合っていません。また途上国が開発のため森林を伐採している問題もあります。
日本のエネルギーの基本政策は3E+S。安全性(Safety)を前提とし、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、そして環境適合(Environment)が提唱されています。安定供給のために電源を多様化し、電力需要に応じた電源構成にすることが重要です。温室効果ガス削減に有効な再エネですが、太陽光、風力は天候に左右されやすいため、安定的な電源が必要です。ベースロード電源(原子力・石炭・水力・地熱)は発電コストが安く昼夜を問わずに安定的に稼働できる電源で、ミドル電源(天然ガス・LPガスなど)は発電コストがベースロード電源に次いで安く電力需要の変動に応じた出力変動が可能な電源です。またピーク電源(石油・揚水式水力など)とは、ベースロードやミドル電源では足りない時に、発電コストは高いですが電力需要の変動に応じた出力変動が容易な電源です。
2030年時点での日本のエネルギー長期需給見通しでは再エネ22~24%、原子力20~22%、LNG27%、石炭26%、石油3%となっており、CO2排出量が最も多い石炭火力を維持しないと電源は確保できず、そのためCO2を十分に減らせません。また原子力も現在の割合が7.7%ですから5年後の見通しではかなり厳しい状況であり、原子力規制委員会の認可とともに地元の皆さんの理解が必要になってきます。私は原子力安全推進協会で原子力発電所の運転責任者の講師として全国の原発を見学に行っています。2011年の福島の事故は、津波で電源が失われたために原子炉内の燃料を冷却するための注水するポンプが使えず冷却できませんでしたが、今再稼働している原子力発電所では電源が多重化され、津波対策も20m超の防波堤を作ったり、徹底した安全対策をしてリスク管理をしているのを見てきました。
現在、日本の原子炉にはPWR(沸騰水型軽水炉)とBWR(加圧水型軽水炉)の2種類があり、再稼働している関西電力の美浜、大飯、高浜、九州電力の川内、玄海、四国電力の伊方はPWRです。全て西日本にあり、電気料金が他の地域に比べて安くなっています。一方、BWRでは東北電力の女川、中国電力の島根のみ再稼働しており、富山県のお隣、石川県にある北陸電力の志賀は再稼働がまだです。原子力規制委員会は世界最高水準の基準で審査しているので、再稼働が進み5年後には電源構成における原子力の占める割合が少しでも増えればいいと思っています。
今、世界ではエネルギー政策に対する考え方が激変しています。ロシアによるウクライナ侵略や中東情勢の緊迫化によるものと、AIの普及でデータセンター、半導体工場の増加に伴い電力需要が増加しているからです。日本でもエネルギー情勢の変化に応じた第7次エネルギー基本計画の原案が昨年12月に資源エネルギー庁から発表され、もうすぐ閣議決定される予定です。
最後に危機管理とは何かについて話します。私は危機管理と健康管理は同じだと思っています。なぜなら、大切なものを守ることを主眼とし、常に何が大切なのかを意識していれば、誰でもできることです。例えば車の運転で安全第一であるのは、安全が一番大事だからです。同じように健康第一なのは健康が一番大事だからです。安全も健康も失って初めてその大切さがわかります。こうした方がいいな、こんなことはしない方がいいなという判断と行動をどれだけ徹底してできるかにあります。
飛行機事故のほとんどの原因は、基本確認のミスによるものです。昨年1月の海上保安庁と日本航空機の接触事故は、情報の共有はできていたものの、管制官の指示と海保機の思い込みというコミュニケーションの行き違いが原因と思われています。また私たちは本来、対面で意思を伝え受け取るのが基本だと思います。しかしメールやSNSなどでは伝えきれないことが多くあり、その結果、トラブルが生じているのです。全ては基本に戻ることから始まり、車の運転なら交差点で車や人、自転車が出てくると予測して速度を落とすとか、コンロで火を使っている時には目をそらして他の作業をしないとか、あるいは儲かる話の電話がかかってきても詐欺を疑って家族や警察に相談するなどです。
そして健康管理には、食事、運動、睡眠、ストレスコントロールが大事です。健康診断の検査結果を見た医師がリスクファクター(特定の病気の発生確率を高める可能性がある要素)と判断した場合は、早く対応するのが必要です。WHOが定義した健康とは、「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」です。つまり全体のバランスが良い状態=Well-being(ウェルビーング)なのです。皆さんには、もう歳だからと諦めることなく、自分の年齢は自分で決める、取り組む姿勢次第で年齢は心の姿勢になると信じていただきたいです。
リスクマネジメント・危機管理専門家/航空評論家
1946年愛知県新城市生まれ。1968年日本航空株式会社に入社。パイロットとして乗務した路線は、日本航空が運航したすべての国際路線と主な国内線であり、総飛行時間は18,500時間、地球800周に相当する。運航安全推進部長、首相特別便機長、湾岸戦争直前の湾岸危機時のイラクからの邦人救出機機長などを務めた。日本航空退社後は、リスクマネジメント・危機管理講師、航空評論家として講演やテレビ・ラジオなどで活躍中。著書:『OODA危機管理と効率・達成を叶えるマネジメント』(徳間書店)、『航空安全とパイロットの危機管理』(成山堂書店)など多数。