経団連会館にて開催したメンバー会議では、2024年度の活動および2025年度の活動計画(案)についての報告後、吉崎達彦氏((株)双日総合研究所 チーフエコノミスト)による講演「地政学リスク時代の日本経済」を行い、ETT神津代表とのトークタイムと質疑応答を行いました。
アメリカの第2次トランプ政権は1月20日に始まり就任当日に大量の大統領令を発令しました。その中には、4月1日にはアメリカ・ファースト・トレード・ポリシー=アメリカ第一の貿易政策、つまり関税政策をまとめるように指示しています。ところが期日を過ぎても計画書の噂は聞こえてきません。どうやらその前に痺れを切らしたらしく、トランプ政権は2月1日に関税第一弾としてカナダ・メキシコ・中国への追加関税を表明。3月12日には鉄鋼アルミ関税25%を導入、3月26日には自動車関税25%を導入、そして4月2日に相互関税の導入を立て続けに公表しています。ところがその1週間後には相互関税の各国上乗せ部分を90日間猶予すると言ったり、スマホは相互関税に入れないと言ってみたり、二転三転するトランプ表明に世界中が振り回されています。
トランプ関税は3本立てで、1. フェンタニル関税、2. 商品別関税、3. 相互関税になっています。1. フェンタニル関税と私が呼んでいるのは、国境沿いの不法移民とともにフェンタニルという危険な薬物がアメリカに入ってくる、これは国家非常事態だという理由から発令されました。法的根拠の国際緊急経済権限法(IEEPA)はこれまで関税の根拠として使われたことがなかったのに、トランプのMAGA(Make America Great Again)を支持する過激な支持者たちの意見にトランプが乗せられて見切り発車したものです。カナダ、メキシコに対して25%、またフェンタニルの原料製造は中国という理由で20%の関税を課しました。2. 商品別関税は、トランプ政権の中でも穏健派の経済スタッフが考え、現状の最恵国待遇の関税率(MFN)*に加算するもので、鉄鋼・アルミ・自動車などに25%の追加関税を課すというものです。第1次トランプ政権の時にも当時の安倍政権は鉄鋼・アルミで関税をかけられましたが、自動車は免れていました。法的根拠は通商拡大法232条です。今後は半導体や医薬品にもかけられるかもしれません。
*WTO(世界貿易機関)の原則に基づいて、すべての加盟国に適用される共通の関税率
3. 相互関税については、米通商代表部(USTR)のホームページを見ると、ギリシャ文字を使ってもっともらしい計算式が書いてありますが、要は相互関税=貿易赤字÷輸入額ということです。貿易赤字が多い相手国は、赤字額を輸入額で割った比率の半分の税率にしてあり、例えばアメリカから日本への輸出は2024年に800億ドル、輸入が1,480億ドルだから貿易赤字は680億ドル、従って680÷1480=45.9%。でもその半分の24%にしてやったと主張しています。また今後の税率は相手国との交渉に応じて柔軟に変更すると言うのです。
相互関税の法的根拠は1. と同じIEEPA。つまりアメリカは貿易赤字が危機的状況なので急きょ課税するのだと言っています。しかし一部で即座に訴訟が起きており、裁判が早いアメリカではすぐに最高裁まで行くでしょう。合衆国憲法には「関税は議会が決める」と書いてあるので、相互関税は取り消しになる可能性もあると個人的には考えています。4月9日にはトランプが各国別上乗せ分の90日延期と宣言しましたが、中国はすでに報復措置を示してきたので、125%の追加関税を課しました。しかし、アメリカ人にとって大事な商品iPhoneはほとんど中国から輸入していますから、今後、仮に1,000ドルのモデルが2,450ドルにまで跳ね上がったら誰も買わなくなりますよね。それでトランプはスマホとPCは、2. 商品別関税で扱う予定の半導体の仲間だと言い出しました。しかし法的根拠の通商拡大法232条では無茶な関税はできません。だとしても、この先、1カ月の調査期間後に、もしも半導体に25%の関税がかかったら、今、アメリカ中で作っているAI向けデータセンターのコストが暴騰し、建設が危うくなるでしょう。このように続く迷走に対して、トランプ政権の人たちまで迷い始めていると言えるのではないでしょうか。
場当たり的なトランプ政権を相手に日本はどう対応すればいいのでしょうか。4月17日にワシントンで赤沢経済再生大臣とベッセント米財務長官の1回目の会合が開かれます。日米間には第一次トランプ政権の時に安倍内閣との間で締結した日米物品協定(TAG)があり、自動車についてはやむなく2.5%の関税を許してきた経緯があります。それにもかかわらず、いきなり25%の追加関税は不当ではないかと思われますが、TAGには交渉の弱みがあり、相互関税の説得材料には使えないことがわかりました。ただし日本側にもプラスの材料はあります。それは、関税発表後のアメリカで株安に加えて米国債が売られ債券価格が下落し、ドル安になったということです。1990年代に日本でもよく「トリプル安」がありましたが、同じことが4月のアメリカで起こり、多くの米国債を持つ日本側にとっては強力なカードが誕生したというわけです。世界で一番米国債を持っているのは1兆ドルの日本で、次の中国が7,500億ドル、イギリスも同程度です。だからあまり急いで交渉を進める必要はないと考えます。アメリカ側にとって、日本は米国債を売らないという一言が欲しいのではないかと思います。そして交渉相手が親日派のベッセント財務長官というのも利点です。6月に行われるカナダG7サミットで必ず行われる2国間会談までは、ゆっくり進めればいいのではないかと考えています。ただし、交渉の一つであるコメの自由化は許可できるし、むしろ日本国内で不足しているわけですから、カリフォルニア米の緊急輸入も一案と言えるかもしれません。
アメリカの関税政策による日本経済への影響を見ていくと、4つの経路があります。1. 商品別関税の影響、2. 米国経済による影響、3. 世界貿易の収縮/金融市場混乱の影響、4. 経営環境を取り巻く不透明性の高まりです。1. については特に自動車で、日本からアメリカへの輸出は2024年に137万台で6兆円です。1台あたり平均すると430万円。日本側にとって高利益の商品が、関税上昇で日本国内やメキシコ、カナダからの輸出ではなく、アメリカの現地生産を増加することになり、アメリカに工場がない日本メーカーはかなりダメージを受け、下請けで部品を生産してきた会社も大打撃になります。でも、関税による輸入物品の価格上昇の影響を受けるのは、アメリカ国民自身です。その結果、2. のインフレもしくはスタグフレーションが起こるかもしれません。さらには大統領の一言で政策がコロコロ変わり、国債が売られ株価が下がり、財政的にかなりの赤字を出しているアメリカに対する信用が落ちていくと、3. の世界経済への影響を受けます。そして明日のトランプの発言が予測できない状況では、4. の企業経営者にとっては設備投資も人員増加の決定もやりにくく、不透明さが募っていきます。
ヴァンス副大統領やルビオ国務長官とも親交のある保守系シンクタンクのエコノミストが4月6日のNHKスペシャルに登場していました。「関税は私が進言した。古い経済学が教えるような自由貿易は今の時代に通用しないし、アメリカは製造業が衰退して家族やコミュニティが失われている」と語っていました。ヴァンスの出身地、アメリカ中西部のラストベルト(錆びた工業地帯)と言われる地域の白人貧困層が悲惨な暮らしをしているため、労働者救済のための関税なのだとも述べていました。さらに興味深い発言として、トランプは「過渡期の人物」であり、次の2028年の大統領選以降はヴァンス政権を考えている様子でした。
トランプ政権は、発足から100日も経っていないのに、外交、社会、移民政策など、すでに100本以上の大統領令を発令しています。“Flood the Zone”と呼ばれるように、洪水のように次々と既成事実を積み上げ、マスコミも野党も反論するすきを与えない作戦です。政権支持率は4月に入り少しずつ落ちて不支持率と逆転していますが、2年後に行われる中間選挙以降はおそらく急速に力が落ちていくだろうと考えられています。
第2次トランプ政権をどのようにとらえていけばいいのか、私なりの考えを3つにまとめます。1つ目は、トランプがよく言っているMAGA、「アメリカを再び偉大に」という「再び」とはいつのことかというと、実は19世紀末なのです。トランプが崇拝している第25代大統領のマッキンリーは、一般にあまり知られていませんが、当時の帝国主義者です。この時代、アメリカの辺境が消滅し国内に新規開発する土地がなくなったため、太平洋のハワイやグアム、フィリピンを領有していきます。また鉄道網が拡大し、巨大資本家が誕生した時代で、歳入の中心は関税だったのです。2つ目は、史上初のフロリダ政権と言える点です。ニューヨーク出身のトランプは、第1次政権の時はニューヨーク政権でしたが、現在は住所をフロリダに移したため今の政権はフロリダ政権と考えられます。ホワイトハウスからフロリダの住宅マー・ア・ラゴの自宅までは3時間未満で移動できます。大西洋とメキシコ湾(アメリカ湾)に面するフロリダは南北米大陸の中心地であり、だからこそカナダやパナマ運河、グリーンランドへの執着があるのでしょう。その代わり他の地域、特にインド太平洋に関しての関心が薄くなった懸念があります。3つ目は、究極のトップ・ダウン政権です。誰にも相談しないで勝手に一人で決めるトランプの周辺に集まってきているのが、イーロン・マスクをはじめとするテック・ジャイアンツ、世界規模で支配的影響力を持つシリコンバレーの大物たちです。彼らも自分一人ですべての物事を決められる人たちですから、トランプ政権のスタイルを楽しんでいるように見えます。つまり第1次トランプ政権とは全く違うのです。第1次の時にはトランプを制止する気骨のある人もいましたが、4年間の大統領経験を経て周囲にはイエスマンしか集めず誰も止める人がいません。なおかつ現在は上下院とも共和党がギリギリで多数ですが、2年後の中間選挙では負けることを意識して、早急に事を進めようとしています。またヴァンス副大統領を次期大統領にして身の安全を保証してもらおうと考えている節もあります。気が早いですが2028年の大統領選で、共和党は誰を候補者にするのか、当然ヴァンスは本命ですが、私はルビオ国務長官が対抗馬になりうると考えています。
それにしてもいつになったらトランプの暴走が止まるのでしょうか。一つは、市場の反乱や米経済指標の悪化でしょう。次に、司法による牽制があります。保守化していると言われる最高裁は、少しずつトランプ政権に対して牽制球を投げるようになりました。行政訴訟が起きている相互関税が、6月末の最高裁による重要判決でどう判断されるかは興味深いところです。また例えばマスクに対する批判が高まっているように、政権内部でも内輪もめが起きています。そして来年度予算をめぐる攻防という問題もあります。議会にとって最も大切なのは予算の可決であり、今年末に失効するトランプ減税の延長や、新たな減税も導入したいところですが、財源も必要です。また、法律で決められている国債の発行上限が現在オーバーしているので、債務上限の引き上げも重要課題です。これらをまとめて法案することは容易なことではないと思います。
トランプ政権は、いろいろな意味で世界のエネルギー事情を変えそうな勢いです。一つ目は脱炭素の流れにブレーキがかかってくることです。アメリカはすでにCOP21(パリ協定)からの再離脱を決定しており、その影響か今年2月に国連に対する温室効果ガス削減目標提出期限を守ったのは世界でわずか10カ国でした。また電気自動車が売れないのは世界的な流れにもなっています。私は、COPでやってきた脱炭素に向けてのアプローチが直線的すぎて、特に新興国に対して配慮がなかったのではないかと思います。大事なことは回り道をしたほうが良く、トランプ時代のこれからの4年間が試練の時になります。一方、化石燃料の見直しは進むと考えます。これはポジティブに受け止めていいでしょう。太陽光や風力発電の使用を進めるとしても、石炭やガスの火力発電は安定供給に必ず必要だからです。2050年までのネットゼロを目指す企業への投資を積極的に支援する国際的な枠組み(NZAMI)では、これまで化石燃料開発を進める企業への締め付けがありましたが、今年に入って世界最大の資産運用会社がNZAMIから離脱し、活動停止状態になりました。そして日米の政策課題として挙げられるのは、LNGの開発と輸入です。現在、ロシアからサハリンの安価なガスを輸入している日本としては、今後アラスカでの日米新規共同開発が推進されたとしても、輸入価格が高額にならないよう交渉の必要があります。とはいえ、トランプ政権の発足は日本にとってエネルギー政策に関してだけ言えば、むしろ救いといえます。またトランプ関税によって円安の流れに歯止めがかかったかのように見えることも、悪い話ではないでしょう。
今年2月、「新しい開放経済と日本の未来」研究会でまとめた、今の日本経済に何が必要かという提言「開かれたジャパン・ファースト宣言」をPHP総研で発表しました。そこで我々が考えた3つの提案があります。その1は産業政策をきちんとやりましょうということで、半導体プロジェクトのように、官民一体で産業政策を進めましょうという意味です。その2は産業政策を進めるために必要な国内向けのインフラ投資をもっと進めましょうということです。特にエネルギー、電力関連の投資は重要です。世界的に巨額の資金を運用している資産運用会社から見ると、日本のように、安定していて金融規模も大きい国におけるインフラ投資は魅力的だそうです。今後日本では、データセンターがどんどん建設されるにつれ電力が不足する可能性があるので、電力確保のための投資を今からやらなければならないと思います。その1、その2は攻めの提言ですが、その3は守りの提言です。1980年代から2020年代の今日に至るまで、我が国の輸出品目第1位の自動車産業をこれからも支援していくことです。ともすると、経済政策の議論は既存の限られたパイの分配の話になりがちですが、パイ全体をどのように広げていくかの議論をもっと進めるべきではないかと考えています。トランプにより不透明な時代に突入した今年、どのように国益を守っていけるのか、世界情勢を注視しながら考えを深めていきたいと思います。
講演後に神津ETT代表とのトークが行われ、代表から「トランプ関税をめぐりエスカレートしている米中の貿易戦争に日本はどう向き合えばいいのか」という質問に対して、「25年前に日本のGDPはアメリカの半分、中国の4倍だったが、今やアメリカは日本の7倍、中国は4倍を占め、日本経済が世界に占めるシェアは4%に過ぎないので力量不足だ。トランプ関税で最も心配されるのは、大企業はともかく中小企業は賃上げに対し、尻つぼみになっていくこと」と答えられ、また「トランプ政権の暴走を止める方策は何かあるか」との問いには、「三権分立のアメリカが今は議会も司法も積極的な介入をしていないが、アメリカの復元力を信用してもいいと思う。またそもそもアメリカには、イギリスがお茶に関税をかけたための反乱、ボストン茶会事件をきっかけに独立戦争に進んだ歴史がある。戦後80年の間、たまたま自由貿易主義だったが今時代が一時的に逆行していると考えればいい」と答えられ、「では私たちはこれから何に注視していけばいいのか」という問いには、「トランプ自身は真面目に受け止めなければいけないが、一言一句に振り回されてはならない」と答えられました。
メンバーからの質問では、「対トランプ交渉で日本が気をつける点は」という質問に対して、「トランプはアメリカがあまりにも貿易で不当な扱いを受けてきたという被害妄想に取りつかれているが、日本のサービス収支の相手はほとんどがアメリカで、IT企業のサービスによる課金をどれだけ背負わされているか考えると、日本がサービス分野で遅れを取ったことが原因とはいえ理不尽な言いがかりだ。それでも対トランプでは譲歩して一緒にやっていきましょうという姿勢を見せることだ」。また「アメリカの対中観はどう変わったか」については、「2010年くらいまでは中国をあまり意識していなかったが、コロナ禍をきっかけに激的に変化した。さらにトランプ政権は異常なくらい反中国に傾いているように見える。問題は中国からのサプライチェーンで、今や自前で船が作れない国になったアメリカは、韓国と日本に造船の援助を申し出ているくらいだ」と答えられました。また「世界の脱炭素化については今後どうなるのか」の問いには、「世界最大の経済大国でCO2排出量第2位のアメリカの政策は、4年後にはまた脱炭素に向かうかもしれないので、日本としてはできる範囲内で愚直に今まで通りの方針を続けるべきだろう。一方のEUはアメリカのウクライナ支援が低下することで安全保障にお金をかけなければならなくなり、これまでの脱炭素一本槍はできなくなる」と答えられ、最後に「日本とアメリカとの関係の一方で、中国との関係はどうすべきか」に対しては、「日本は貿易相手国トップの中国との関係も保ちながら、日本にとって何がベストかを冷静に考えるべき」と答えられました。
(株)双日総合研究所 チーフエコノミスト
1960年、富山県生まれ。1984年、一橋大学社会学部卒、日商岩井(株)入社。米ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会代表幹事秘書・調査役などを経て企業エコノミストに。日商岩井とニチメンの合併を機に2004年から現職。著書に『アメリカの論理』『1985年』『気づいたら先頭に立っていた日本経済』(新潮新書)、『オバマは世界を救えるか』(新潮社)、『溜池通信 いかにもこれが経済』(日本経済新聞社)など。ウェブサイト『溜池通信』(http://tameike.net)を主宰。テレビ東京「モーニングサテライト」「WBS」、NHKラジオ第一「マイあさ!」などに定期出演。フジサンケイグループから第14回正論新風賞を受賞。