2050年カーボンニュートラル達成のために、さまざまな取り組みが行われています。 電力利用においては、GX推進による電化の進展やデータセンターの建設などに伴い、将来の電力消費は増加する見込みとなっています。需要が増す電力を脱炭素電源から賄うためにはどのような手段があるのでしょうか。 現状、日本の電力の7割を担う火力発電においては、水素・アンモニア等を活用した「火力の脱炭素化」を進めることも重要なこととされています。 発電燃料として今注目されている水素・アンモニアについて、そのメリット、デメリットなどを、 塩沢文朗氏(NPO法人国際環境経済研究所主席研究員)にオンラインで解説いただいた後、質疑応答を行いました。

2020年に当時の菅首相によって「2050年カーボンニュートラル目標」が掲げられましたが、エネルギー源の80%を化石燃料に依存している日本が、この目標を実現するのは容易なことではありません。
エネルギー源を脱炭素化するためには、エネルギー消費の構造を変える必要があります。現在、日本では最終エネルギー消費のうち、電力が27%、残り73%を熱等(燃料+原料)が占めています。電力によるエネルギー消費を脱炭素化するためには、電源の脱炭素化と電力利用を高効率化する必要があります。熱等の脱炭素化のためには、自動車や家庭で使う燃料や熱源を電力に変えるとともに、例えば、高炉から電炉に変えるなど、製造プロセスの変換も必要となります。
このように熱等として消費されているエネルギーを電力に変えていく必要があることから、脱炭素化の過程では電力へのシフトが進み、電力消費が増えていくことになります。このため、電源の脱炭素化は、より一層重要な課題となり、発電用のCO2フリーエネルギーを大量に確保することが必要となります。
こうした理由で、2050年には電力需要が2022年の約1.3〜1.5倍の1兆3,000~5,000億kWhに増加するという見方が一般的です。これだけの電力を脱炭素電源で賄っていかなければなりません。その一つとして原子力がありますが、原子力発電所(原発)は非常に大きな電力をつくり出すものの、現存するすべての原発が稼働し、それらが法定の最長60年間運転が可能となったとしても、新設や建て替えができない限り、それまでに設備寿命を迎える原発がかなりあるため、2050年で発電できる電力量は約2,000億kWh程度と考えられます。太陽光や風力などの再エネ資源も、日本で利用可能なものは量的、質的に十分にありません。日本の太陽光は、すでに平地面積当たりの設置密度が世界最高密度になっています。洋上風力の利用が期待されていますが、建設コストの上昇などにより思うようには増加が期待できません。化石燃料利用で排出されるCO2を地下に貯留するCCSについては、日本近海で毎年12〜24本の井戸を確保することを目指していますが、仮にそれが可能だとしても、確保できるCO2フリー電力量は約3,000億kWh程度と考えられます。
このように国内でCO2フリー電源を大量に確保することは容易ではありません。 加えて再エネ電源の割合が高まるにつれて、電力系統の調整力*を確保するために重要な役割を果たす火力発電用のCO2フリー燃料も必要になってきます。
*安定で質の良い電力供給のためには、電力供給量と需要量のバランス調整が必要。バランスが崩れると、電圧の変動、周波数の乱れ(電力の質の悪化)が発生し、さらに悪化すると電力系統全体のシャットダウン(大規模停電)に至る。そうしたバランスを短時間で調整できる能力を「調整力」と言い、出力の調整が容易な火力発電の役割が重要となる。
こうしたことから日本で脱炭素化を進めるには、安価で豊富な再エネ資源(太陽光、風力など)が賦存している海外の地域から、大量にCO2フリーエネルギーを導入するための手段を持つことが必要となります。こうした再エネを大量に輸送・利用するためには、輸送や貯蔵が容易な化学エネルギーとする必要があります。ちなみに、私たちが大量に輸送し利用している化石燃料は、化学エネルギーの一つです。化石燃料は、太陽エネルギーで生育した動植物の死骸が地中で石炭や石油、天然ガスなどの化学物質に変化したものです。
化学エネルギーである水素は、地球に豊富に存在する水と再エネからの電力を用いて大量に作ることができます。従って、水素は再エネの大量輸送、貯蔵手段として重要な役割を担えるものです。
水素は、水素を含む化合物にエネルギーを加えることによって製造できます。再エネを使って水から水素を取り出すプロセスではCO2が出ません。これがグリーン水素と呼ばれているものです。一方、天然ガス(これも水素化合物です)を改質して水素を製造することも可能です。この場合には水素を取り出す際に天然ガス由来のCO2が出るので、CCSでCO2を除去してCO2フリー水素にすることができます。こうして作られたCO2フリーの水素は、ブルー水素と呼ばれています。
水素は、日本が脱炭素を進めるためには重要なものですが、水素資源に恵まれた地域との間に送電線やパイプラインのない日本にとって、大量の水素をどのように運搬するかというのは大きな課題です。水素の体積当たりのエネルギー密度は極めて小さく、例えばガソリン1ℓと同量の燃焼熱を得るために必要な水素量は3,000ℓにもなります。このため水素をエネルギー源として大量に利用するための輸送にあたっては、体積エネルギー密度を高めるために、水素を液化、もしくは高圧で圧縮することが必要になります。液化すると体積は1/800になるものの、水素を液化するためには極低温(-253℃)にする必要があり、また液化するために水素の有するエネルギーの少なくとも約15%(現状の技術では約35%)を要します。また、この極低温下では、容器への自然入熱が避けられず、液化水素の輸送、貯蔵中に起きる気化によるロスもあります。
こうしたことから、とくに日本では水素を運搬しやすい状態や水素化合物に変えて運ぶ、「水素キャリア」の利用が必要になります。水素キャリアには、主に、① 液化水素による輸送、② トルエンに水素を付加させて作る液体メチルシクロヘキサン(MCH)による運搬、③ 液化アンモニアとして輸送という3つの手法があります。① の問題は上述の通りで、② は常温の液体キャリアとして使えますが、水素の取り出しに大きなエネルギーが必要なこと、また、トルエンとMCHの2つの貯蔵設備が必要、③ は-33℃で液化可能ですが、急性毒性を有することから専門家による安全な取り扱いが必要というように、いずれのキャリアにも一長一短があります。
アンモニア(NH3)は、水素キャリアとしてのみならずCO2フリー燃料としても注目されています。というのも、分子中に炭素(C)を含まないため、燃焼してもCO2が出ません。また体積水素密度が大きい物質です。また、空気の80%を占める窒素(N2)と、水素(H2)から製造可能なので、原料は無尽蔵に存在します。アンモニアは肥料などの用途で20世紀初めから世界中で大量に使われ、国際間で流通しているので、既存の輸送・貯蔵の技術が存在し、またLPG(液化石油ガス)とほぼ同じ条件で液化できるため、輸送・貯蔵用設備の整備に要する投資を抑えて利用することができます。実際、液化アンモニアは、主に化学肥料原料として世界では年間2億トンが製造されており、2,000万トンが国際間で流通しているという実績があります。従って他の脱炭素燃料や水素キャリアに比べ比較的安価に手に入れることができます。
アンモニアの原料となる水素の製造方法により、グリーン水素を用いるのがグリーンアンモニア、天然ガスを改質して製造した水素を用い、その際に排出されるCO2をCCSに貯留して除去したのがブルーアンモニアと呼ばれ、現時点ではブルーアンモニアの製造コストが安価です。
アンモニアは火が付きにくい、燃焼時に火の回りが遅いという燃焼特性や、分子中に窒素を含むため燃焼するとNOx(窒素酸化物)が出るという懸念がありましたが、私が関わっていた内閣府のSIP戦略的イノベーション創造プログラム「エネルギーキャリア」の研究成果により、アンモニアは安定的に燃焼することが可能で、NOxの発生の抑制も可能であることが明らかになりました。
アンモニアを直接、燃料として使えれば水素に再変換するプロセスが不要となるため、その分のコストがかかりません。SIP「エネルギーキャリア」で、日本でどれくらいのコストでアンモニアが使えるかを試算したところ、すでに現時点で、2050年の水素価格目標と遜色ないコスト水準で利用できることが明らかになりました。これとは別に国際エネルギー機関(IEA)が行った分析でも、オーストラリアでのグリーン水素を水素キャリアを用いて日本に輸入する場合、液体アンモニアで輸入するのが最も安いこと、さらにアンモニアのまま燃料として利用する場合には、さらに安価であることが示されています。
アンモニアの燃焼メカニズムの解明と、脱炭素燃料としてアンモニアのコストが安価という知見を受けて、現在では、ガスタービン、ボイラー、工業炉などで、アンモニア利用技術の開発が進み、これらの燃焼機器の一部は、すでに商業化段階に入っています。
アンモニアが燃料として使われる分野として、発電、工業炉のほか、国際間を航行する船舶が有望とされています。国際間の船舶におけるCO2の排出については、IMO(国際海事機関)が2050年にカーボンニュートラルを達成するとの目標を掲げ、目標の実現に向けた規制措置を導入する予定であるからです。実際、日本でもアンモニア燃料船の建造が始まっています。水素、アンモニアには、例えば、発電用はアンモニア、外航船舶用はアンモニア、燃料電池自動車(FCV)でも乗用車は水素、大型のトラック、バスはアンモニアというように、その用途には、向き不向きがあると考えられており、適材適所で導入が進んでいくと考えられます。
ただ、水素利用が適しているとされている用途でも、水素の大量輸送・貯蔵は容易でないことから、その用途に必要となる水素をどのように運んでくるかということが課題です。例えば発電に使用する場合、100万kWの水素燃焼発電所1基の消費量は、燃料電池乗用車420万台分の量が必要となるので、発電所1基分の水素燃料輸送だけでも大量の輸送船が必要になります。アンモニアであれば体積水素密度が大きいため、水素に比べて輸送船舶数は少なくて済み、また、すでに大型のアンモニア輸送船や貯蔵タンクなどの輸送・貯蔵技術が存在しているので、今後も技術開発とその後の新たな輸送・貯蔵インフラの建設に時間を要すると考えられる水素の輸送よりも安価です。このため、水素としての利用が適していると考えられている用途においても、アンモニアで運び、利用場所の近傍で水素に変換して利用するという動きが見られ始めています。実際、ヨーロッパ各地の港湾では、アンモニアで輸入し、輸入後、水素に変換して近隣の地域や国々に運ぶプロジェクトが動き出しています。
日本政府も水素とアンモニアの導入目標を掲げており、また企業レベルでも、水素、アンモニアの輸入基地の整備やアンモニアを発電燃料として使う計画、あるいは既存のLPGの設備をアンモニア用に転換してアンモニアの導入を目指すなどの取り組みが進んでいます。
水素、アンモニアからもたらされる可能性のある、リスクへの対応も忘れてはなりません。
すべての化学物質は、人の健康や環境に対する何らかの有害性を大なり小なり有しています。水素キャリアも同様に有害性を持っています。例えば、ヨーロッパのCLP基準(=物質が有するさまざまな有害性の種類と強度を分類し、その有害性からもたらされる可能性のあるリスクを防止するための分類、表示、包装基準を規定しているもの)では、アンモニアには急性毒性がある、液化水素は激しい爆発性がある、MCHはやや弱い急性毒性と慢性毒性をもつ可能性があることなどが指摘されています。上述のとおり、こうした有害性は水素キャリアに限らず存在しており、例えば、日常使っているガソリンは、爆発性に加えて、発がん性や生殖毒性などの慢性毒性などの有害性を有しています。
化学物質の有害性からもたらされる可能性のあるリスクに対応するために重要なことは、私たちがそうした有害性に曝されないような実効性のある対策があるか、そして、仮に漏出事故などが起きた際に、それからもたらされるリスクを低減するための実効性のある対策があるかということです。実際、私たちは日常、そうした対策を講じて、有用だが有害性のある数多くの物質を使って生活しています。
アンモニアは、急性毒性を有するものの、肥料原料や冷媒として100年以上にわたり長年使用されてきているので、アンモニアの取り扱い経験や技術は豊富に蓄積されています。健康や環境にもたらすリスクをきちんと管理し、使っていけるように、今後は万一の事態に備えて事故対応のための教育や訓練を充実させていく必要があります。
今後の展望ですが、最近の人件費や物価の高騰で水素、アンモニアの導入に要する投資リスクが増大し、開発・導入プロジェクトの動きはやや停滞しています。しかし天然ガスから作るブルーアンモニアは本来的に安価であり、着実に導入が進んでいくと私は考えています。トランプ政権下でさえ、ブルーアンモニア関連の支援は続いています。この背景には、オイルメジャーなどが、今後、脱炭素化に向けて水素・アンモニアの大量利用が予想される日本や韓国などの市場を念頭に、ブルーアンモニアの供給をビジネスチャンスととらえていることがあると思います。
日本政府も、2023年にGX実行戦略(脱炭素成長型経済構造移行推進戦略)を制定しましたが、さらにその翌年には「水素社会推進法」を制定し、水素やアンモニアの導入に対する支援を行っていく予定です。さらに、2026年からはCO2の排出量取引制度の導入や、2028年からの化石燃料への付加金の賦課が行われ、CO2の排出にコストがかかることになります。こうしたことも後押しとなって、CO2を排出しない水素やアンモニアの導入は着実に進んでいくと思います。
Q:カーボンニュートラル実現のための選択肢があまりに多すぎると非効率に思えるがどうか。またJERA碧南火力発電所では石炭とアンモニアの混焼が行われているが、アンモニア専焼炉にしてもいいのではないか。
A:2050年のカーボンニュートラル実現はかなり難しいので、選択肢が多いということはなく、すべての「選択肢」を総動員しなければならないのが日本の状況だと思う。
アンモニア専焼にするとしたら、石炭ではなくガスタービン発電になるだろう。アンモニア専焼の発電用ガスタービンもすでに一部が商品化されている。他方、石炭火力はまだ設備年齢の若い発電所が国内に数多く残っているので、当面、アンモニア混焼によってCO2の排出を減らしていくことになると思う。アジア諸国では、石炭火力の比率が大きい国が多いので、こうした国々では石炭とアンモニアの混焼技術に対するニーズが高まるとみられる。
Q:脱炭素電源の中で、アンモニア燃料より間伐材利用などバイオマス利用が身近な感じがするが、量に限界があるから利用されないのか。
A:間伐材を利用した、地域における地産地消の脱炭素化にはバイオマス発電は有効かもしれないが、日本全体の脱炭素化手段としてはあまりに量が少ない。仮に海外からバイオマスを調達してくるとしても、バイオマスの大量利用は(自然林を伐採し、植林して人工林に変えるため)、海外では生態系を破壊するという批判がある。一方、アンモニアならば量的問題もなく、混焼利用であれば、火力発電用のボイラーのバーナーを変えるだけで済み、既存の燃焼設備が使用できるのでコストが抑えられる。
Q:水素吸着合金に水素を含ませれば輸送できると聞いたがキャリアとして使えないのか。
A:すでに利用されている技術だが、金属に吸収させて運ぶので重く、長距離、大量利用するには無理がある。ただし貯蔵中の爆発の危険性は小さいため、山梨県では太陽光発電で製造した水素を貯蔵するために地域の工場で使用している。
Q:オーストラリアからグリーン水素を導入する場合、水素キャリアとしてアンモニアを用いる方法が最も安価だという試算から考えると、オーストラリアから日本に売ってもらう期待はできるのか。また世界でこれから水素やアンモニアの取り合いは起こるだろうか。
A:オーストラリアは、日本にとって非常に魅力ある水素の供給源の一つではあるが、オーストラリアは人件費をはじめ、コストが高くなかなか手が出せない状況にある。今、日本が一番期待しているのは、アメリカのメキシコ湾岸で生産されるブルーアンモニアやインドからのグリーンアンモニアだ。量的には、ブルーアンモニアの原料となる天然ガスは世界に十分あるし、グリーンアンモニアの原料となるグリーン水素は無尽蔵と言って良い。
(補足)さらに勉強されたい方は、 「カーボンニュートラル実行戦略-電化と水素、アンモニア-」戸田直樹、矢田部隆志、塩沢文朗共著、2021年3月エネルギーフォーラム社 (NPO法人)国際環境経済研究所のサイトで連載中の「CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性(1)~(14)」、「水素、アンモニアのリスクと管理」 https://ieei.or.jp/author/shiozawa-bunro/ などをご参照ください。
NPO法人国際環境経済研究所 主席研究員
1977年、横浜国立大学大学院工学研究科化学工学専攻修了(工学修士)、通商産業省入省。82〜84年、米スタンフォード大学大学院コミュニケーション学部に留学し修士号取得。2003年、経済産業省大臣官房審議官(産業技術担当)、04年、内閣府大臣官房審議官(科学技術政策担当)、06年退官後に(財)日本規格協会理事、08〜21年住友化学(株)理事、気候変動対応推進室部長。また14〜19年には内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「エネルギーキャリア」サブPDも務め、19年に日本燃焼学会技術賞を受賞。21年より国際環境経済研究所主席研究員ほか、民間企業でDX、標準化、気候変動問題関連のアドバイザーを務め、現在に至る。著書に「カーボンニュートラル実行戦略-電化と水素、アンモニア」エネルギーフォーラム社(共著)などがある。