トランプが大統領に返り咲いたアメリカ政治の歴史を振り返りながら、彼の言動の意図するところを解き明かし、難題を抱える日本としてどのように向き合えばいいのか、村田晃嗣氏(同志社大学法学部教授)にお話しいただいた後、水尾衣里氏(名城大学人間学部教授/工学博士)とのトークセッションが行われました。

ドナルド・トランプが2度目の大統領就任をしてから9カ月近く経ちますが、これまで彼の言動に世界中が振り回されてきました。中でもかつて「自分が大統領になったら1日で終わらせる」と言っていたウクライナ・ロシア戦争については、就任当初はウクライナに対して厳しい態度で接し、プーチン大統領とはアラスカで首脳会談を開いて近づいたり、しかしロシアが協力的ではないので経済制裁をかけると言ってみたりと、先が見えない状態が続きます。トランプにとって、戦争終結が成功したその先にはノーベル平和賞受賞のもくろみがあり、また現実的な問題としては、世界でアメリカに次いで石油、天然ガスを生産しているエネルギー大国ロシアへの経済制裁が止まり、アメリカにおける物価高騰を抑えられると考えています。つまり自分の名誉のため、自国の経済対策のため、さらには来年の中間選挙対策のための終戦なのです。一方、イスラエルのガザ侵攻については、強硬な姿勢を変えないイスラエルに対しトランプ政権が同調的なのは、アメリカは中東に対する石油依存度が近年かなり低下しているからと言えます。アメリカの石油生産量は1970年代以降は低下してきましたが、シェールオイルの採掘を経て上向きになり、去年は世界で第1位になりました。エネルギー大国としてのアメリカの自信が対外政策においても露骨に現れるようになったわけです。
連日のトランプの言動をめぐる騒ぎ、こうした「トランプ劇場」について、正しく鑑賞するためには手引きが必要だと思われるので、事例を挙げて説明していきます。まずはじめに、昨年11月の大統領選挙で、トランプは民主党のカマラ・ハリスに対して圧勝などしていないということです。アメリカの大統領選挙は間接選挙です。一般の有権者に選ばれた大統領選挙人が全米に538人いて、州ごとに配分され、過半数の270人以上を取れば勝ちです。去年の選挙でトランプが獲得した大統領選挙人が312人、カマラ・ハリスが226人と大差のように見えますが、一つの州で勝てば割り当てられた州の選挙人は総取りできる仕組みになっているため、差が開きやすいのです。実際の選挙人獲得の差はわずか1.5%しかなく、トランプは辛うじて勝ったと言えます。そして支持率はすでに40%前後になっている状況です。
大統領選挙における間接選挙制の枠組みは、今から約240年前の1788年に発効した合衆国憲法に記載されています。13州でスタートした、世界で最初の近代的共和制国家のアメリカでは、国土面積が広いのに識字率は低く、一般の人にとって、大統領候補がどんな争点で争っているのか判断する材料も能力もなかったので、新聞や雑誌が読めて、アメリカ各地で何が起こっているか判断できる地位も財産もある教養人をまず選び、そういう信頼できる人に大統領を選んでもらおうとしたわけです。もちろん今日では情報が氾濫し誰でもどこでも情報を手に入れられるのだから、直接選挙にしても構わないと言えますが、それには憲法を改正する必要があります。憲法改正にはまず連邦議会両院の2/3以上の議員が賛成して発議し、さらに全米50州の3/4以上が賛成しなければ批准できないというように、とても手間がかかるのです。
次に政治家トランプを評価する際の難しさは、彼の言い分の2、3割はかなり確信的に鋭い指摘をすることです。例えば外交面において、「グリーンランドを買いたい」という発言は無謀にも思えますが、歴史を遡れば、アメリカ合衆国は、ルイジアナ州はナポレオンから、アラスカ州は帝政ロシアから買ったというようにお金で買って領土を拡大してきた国です。19世紀半ばにアラスカを買った時、その先にグリーンランドは見えているのでやがてグリーンランドも欲しいと思うのは、当然の発想です。さらにグリーンランド購入を提案した大統領はトランプが初めてではなく、日本に原爆を落としたトルーマン大統領も買おうとしていました。ちなみに「パナマ運河を返せ」と言ったのはトランプの前にも、レーガン大統領が言っています。ではなぜ今トランプがグリーンランドを欲しいと言い出したかと言えば、人口わずか5万人のグリーンランドは天然資源の宝庫である広大な国土であるのみならず、地球温暖化により北極圏の氷は地球全体の氷の2倍の速度で溶けています。そのおかげで夏場には大型タンカーが北極海を経由してヨーロッパに物資を運べるため、南回りより時間もコストも半減できます。だから誰が北極海を支配するかが21世紀のグローバル経済にとって極めて重要なポイントになっています。そして今、北極海に大きな影響を持っているのはロシアですが、ここ10年ほど大きな変化が起きており、中国海軍が急速に力を増大しています。このままでは北極海をロシアと中国に支配されるかもしれないため、安全保障と経済戦略の両面からグリーンランド購入という話につながっており、荒唐無稽な発言とはいえないのです。
国内に目を向けるとハーバードやコロンビアなど有名大学の留学生に対してビザを出さない、また補助金をカットするなどのトランプ発言が注目されました。こうしたバッシングにより優秀な学者がアメリカを離れ、世界中から優秀な学生が来なくなり、知的インフラが弱まってアメリカの競争力が落ちる愚策だと思われています。しかし政治的には理にかなっています。まず、トランプを最も熱心に支持しているMAGA派の多くは非大卒の白人肉体労働者層で、比較的収入が低く、彼らにとって有名大学出身者は理想ばかり掲げる最も唾棄すべきエリートです。だからトランプが有名大学をバッシングすれば、コアの支持層が熱狂するわけです。さらなる理由もあります。ハーバードのような有名大学には巨額の資金があり、年間約1兆円の予算の大部分を、大学基金8兆円からの分配金が支えています。しかも大手金融機関で金利5%で運用しているので、基金は金利だけで4,500億円にも上ります。だから政府からの補助金を止められても耐えていられるのです。ちなみに日本では、東大の年間予算が2,800億円で、ハーバードの約1/4でしかなく、国際的な研究競争には少なすぎる金額だと思います。そして世界中からアメリカの有名大学に寄付が集まる実質的な理由には、非営利の公益集団に寄付すれば税金の控除があるからです。つまり金持ちの税金逃れでハーバードなど有名大学は金持ちになったのに、投資収益に対して連邦政府はこれまで1.4%しか課税してこなかったので、この点に目をつけ、トランプは追加課税を申し立て、8%まで大幅に引き上げています。
こうした威嚇的な言動を続けるトランプは、大統領就任後に200近い大統領令を乱発してきましたが、しかしこれはトランプの弱さの証しです。なぜなら大統領令は法律が成立すれば撤回され、予算をつけるのは議会の権限だから、予算は伴いません。今トランプがしているのは、予算を使うことではなく、使わないようにする措置を行なっているだけなのです。例えば連邦議会により途上国のために割り振った予算を、開発援助はしないから使わないと言ったりするのは、法的には許容されるかもしれませんが、必ずしも強力な措置とは言えないのです。
そしてトランプの最大の弱点といえば、時間がないことです。大統領2期目なので残りの持ち時間は3年3カ月。「3期目もありえる」とトランプは言っていますが、大統領の任期は2期8年を超えることはできないと合衆国憲法で定められています。憲法改正が難しいのに、なぜ3期目という発言をしているかというと、2028年の大統領選挙で、現在のバンス副大統領が候補になりトランプが副大統領候補に、そして29年1月にバンスが就任すれば、直ちにバンスが辞任し副大統領トランプが大統領に昇格するという期待です。しかしそもそも来年の中間選挙でさえ勝てるかどうかわからない現在、もし負ければ法案も予算も通せないレームダックの政権になるでしょう。
このようなトランプ政権に対して、日本はどう向き合っていけばいいのでしょうか。本日、自民党総裁選の投開票が行われ、新しい総裁が決定しますが、日本の政局が今後安定するかどうかは重要な問題です。衆参両院で過半数割れしている与党は、野党との連立の調整も難しいですし、誰が自民党総裁になったとしても、「解党的出直し」ができなければ昨年と同じようにまた1年後に自民党総裁選という可能性も十分あります。そうなればたとえ今の野党が一党では自民党に対抗できないとしても、自民党の時代は確実に終わります。いずれにせよ、国内政治を早く安定させて、不安定なアメリカとシナジーを起こしてますます不安定になることを避けなければいけません。対トランプで参考になるのが、USスチール問題です。バイデン大統領は合併に反対し、トランプも同意見でしたが、就任後、石破総理の訪米時に「合併ではなく投資です」と言ったところ、トランプは賛成しました。一方、トランプは途上国に対する開発援助を打ち切ったり、自由貿易を無視した相互関税の通告を行なっています。こうしたやりたい放題のトランプに対して、どのように日本は向かえばいいかというと、徹底的に正論を唱えて立ち向かうのではなく、かといって国益のためにトランプに追従するのでもなく、守らなければならない価値観はできるだけ守りながら交渉する道を選択すべきです。そのためには、日本が売り込もうとしているポイントにトランプが耳を傾けるような言葉を使って物語を紡ぐ必要があります。
日本には大きな課題が2つあります。一つはエネルギー。天然資源が乏しい宿命を背負って、資源国と渡り合わなければなりません。もう一つは着実に進んでいく高齢化と人口減少。今、日本の人口は1億2,000万人程度で、25年後の2050年には1億人を切るのはほぼ確実と言われています。さらに2100年の日本は今の約半分の6,300万人になると予測されています。人口半減した日本はどうやってサバイバルできるのか、今から働き改革や子育て支援をしても大きく反転はしないでしょう。その代わり、どういう社会にしたいのか75年後の着地点のイメージをしっかり持つことが必要になります。今、人口6,000万人弱のイタリアは、ヨーロッパの中でドイツ、フランスのような大国ではないけれど、EUはイタリアの意向を無視して進むことはできません。またイタリアはファッション面でフランスに匹敵するブランディング力があり、スポーツカーのような特定分野では世界のトップを走っています。また世界中の観光客が訪れたい国であり、豊かな食文化でも人を惹きつけています。日本も特定の産業分野で世界のトップに伍する力を持ち、大きなソフトパワーを持った準大国として存在し続けるポテンシャルはあります。
1979年にハーバード大学の著名な社会学者ヴォーゲル氏によって『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という著書が発表されました。この本では、資源のないアジアの敗戦国として見下してきた日本が、戦後35年で世界第2位の経済大国になり、今後はアメリカの経済力を脅かすだろうと書かれており、日本はアメリカから学んできたけれどアメリカは日本から何も学ぼうとしなかったと警鐘を鳴らしていました。しかしその後ヴォーゲル氏は、戦後の日本を支えてきた社会の流動性、例えば貧しい家庭出身でも努力をすればいい大学に進めて役人や総理にまでなることができるような可変性が失われつつあり硬直的な社会になり、やがて日本は失速すると言っていました。私たちは、これからダウンサイジングしていく日本で、かつてのような流動性を取り戻すためには、どういった政策を取ればいいのか、目指すゴールにたどり着けるように、教育、金融、経済、社会保障、外交などあらゆる分野で検証し、具体的な方策をすぐにでも積み上げていく必要があると考えます。
トークセッション
水尾:アメリカ、ロシアが強大な国なのは、豊富なエネルギー資源があるからか。
村田:19世紀は豊富な石炭の採掘で産業革命を起こしたイギリスの時代。世界のエネルギーの中心が石炭から石油に変わると、イギリスは衰退し、石油が豊富なアメリカ、ソ連が台頭した。これから未来にかけて必要とされるエネルギー資源をどの国が豊富に有するかによって国際政治の構造は大きく変わっていく。アメリカの対外政策の変化もこれまでアメリカの石油の生産量の変化に応じているが、ただし国内は一枚岩とはいえない。トランプはパリ協定からまた離脱を表明したが、州によってはパリ協定を遵守すると言っている。連邦政府という大きな船が舵を切ったからといってアメリカ全体が舵を切るわけではない重層性を知っておかなければならない。
水尾:アメリカ全土には柔軟性もあるものの、化石燃料にトランプが期待をするのはDX、AIの社会を見据えて相当量の電力が必要になるという関係があるからで、トランプ後も化石燃料重視は続くと考えるか。
村田:どこまで継続するかは、2028年の大統領選挙の行方が今のところ全く見えていないから不透明だ。アメリカ政治のこれまでのパターンから見ると、一つの政党から3回連続で大統領が出ることはほぼない。ある種の復元力が働くので、次に民主党政権になれば環境重視の路線に戻るかもしれない。
水尾:原子力発電所の増加も考えているアメリカは、ウラン燃料をロシアから買っているし、再エネの太陽光パネルは中国が覇権を握っているので、ロシア、中国に対してどう向き合っていくのか。
村田:かなり警戒しているのは間違いない。ところで、脱原発と脱炭素、さらに現状ではウクライナ問題がある脱ロシアというこの3つを同時に実現することはほとんど不可能だ。ヨーロッパや日本のように資源が乏しい国が今後どういう選択をしていくのかも、米中露の行動にかなり影響すると考えている。
水尾:今回の日本の自民党総裁選では、私たちの日常生活を支えているエネルギー問題についてはほとんど言及されなかった。
村田:エネルギー政策は何が正解とは言えないが、例えば脱原発を唱える候補者がいて、それはできないという候補者がいて、それぞれアイデアを出し合って妥当性を議論するのは大事だと思う。
水尾:人口減少する日本の将来に向けて国家予算の配分をどうしたらいいか、会場から質問があったが。
村田:日本よりずっと人口が少ない国で生産性が高い国はある。例えばシンガポールは教育のレベルが高いし、スイス、ルクセンブルクは金融のセンターになっている。またアイルランドは税制改革で外国企業の誘致が進み、ITでも成功した。各国それぞれに成功した理由があり、その事例を学ぶべきだと思う。現在は人口1億人の日本では無理だというのなら、日本全体ではなく、道州制の導入など日本の政治機構の改革まで考え、それぞれが異なる特徴で成長を目指すようにするべきだ。
水尾:シンガポールでは日本の企業がLNGの受け入れ、貯蔵、再ガス化、送出のための洋上受け入れ拠点を整備していると聞くが、日本ではできないか。
村田:需要は増加しているが性質上備蓄が難しい天然ガスは、日本では専用の備蓄制度がないので、今後は米国産の輸入が保障されない分を、隣国の韓国、あるいはオーストラリアも含めて融通し合う枠組みを進めるなどで補完すべきだと思う。
同志社大学法学部教授
1964年神戸市生まれ。同志社大学卒業。ジョージ・ワシントン大学政治学修士(フルブライト奨学生)、神戸大学博士(政治学)。広島大学総合科学部助教授などを経て、同志社大学法学部教授。2011〜13年法学部長、13〜16年学長。2018〜25年日本放送協会(NHK)経営委員(19〜24年委員長職務代行者)、2019〜20年防衛省参与。サントリー学芸賞、吉田賞などを受賞。国際安全保障学会副会長、京都日米協会会長、京都国際文化協会理事長。著書:『大統領たちの50年史』(新潮選書)他多数。
名城大学人間学部教授/工学博士
国土交通省をはじめ愛知県など多くの行政機関各種団体の委員
など歴任。 専門は建築学・都市計画学。