世界的にエネルギーシステムを取り巻く環境が大きく変化するなか、日本はどのようにカーボンニュートラル(以下、CN)への移行を目指していけばよいのでしょうか。原子力電源、再生可能エネルギー(以下、再エネ)、火力電源がそれぞれ直面している状況や課題について、エネルギーに関する調査研究およびコンサルティング・アドバイザリーを手掛ける松尾豪氏(合同会社エネルギー経済社会研究所代表取締役)にお話を伺いました。

日本のエネルギー政策はS(安全性)+3E(安定供給、経済効率性、環境適合)を基本方針としています。エネルギー基本計画(以下、エネ基)は大体3年ごとに見直されますが、前回の6次策定時(2021年)から日本のエネルギーシステムを取り巻く環境は大きく変化し、7次(2025年)は「安定供給」を相当意識したものになりました。ロシア軍によるウクライナ侵攻後、全世界的にLNG/天然ガスが不足して安定供給の課題が噴出すると、経済効率性(エネルギー料金上昇)→環境適合(再エネ施設コスト上昇)にも大きな悪影響をもたらしました。今後日本では半導体工場、電炉* 、データセンター(以下、DC)**の電力需要増加が見込まれています。そのため、今後10年間で北海道・東京・中国の各エリアでは、供給力確保や送配電系統への影響が懸念されます。ただし、日本の過去の電力需要の実績を見ると、全体的には右肩下がりの傾向で、特に東日本大震災以降は省エネが定着し、電力需要はどんどん下がっています。今後、日本の電力需要は増加するのか、あるいは野心的な省エネにより、横ばいか需要減となるのか、不確実性が高くなっています。
*電気で鉄スクラップなどを溶かして鋼材を生産する設備。
**分散するIT機器を集約設置し、効率よく運用するためにつくられた専用施設。
生成AIの電力消費はグーグルなど検索エンジンの約10倍と大きく、DCの電力需要も4年間で世界的に倍増する可能性が示唆されています。世界のDC市場は急成長を遂げ、特に規模が大きい北米バージニア州では電力需要増大により発電所が足りなくなり、アメリカでは天然ガス火力発電所の増設や、石炭火力発電所の運転延長で対応しています。アイルランドでは電力需要の20%をDCが占める状態になり、火力発電所の募集を開始しました。日本では北海道・関東・関西がDC集積地となり、千葉県印西市・牧の台地区では14棟のDCが建設中です。半導体産業も生産効率性向上のため、工場が集中的に立地する傾向があり、日本では九州に集中しています。半導体工場1棟あたり5〜25万kW、3,4棟で四国電力(株)伊方発電所3号機(89万kW)分ぐらいの電力を消費するので、系統・変電所への投資が必要になります。
しかし、DC・半導体工場が長期間にわたって安定的に電力を消費するかは不透明です。例えばサーバーの耐用年数は5年と定められています。また、DCの工事期間は多くが2年以内で、計画を含めても約3年と建設スピードが速く、発電所建設のリードタイム(作業開始から完了までの時間)と大きな差があるため、DCが急増すると電力需要が局所的かつ急激に増加し、供給力不足の懸念が生じます。そこで、既存の火力発電所を最新式のガスタービンに更新して対応させようという考え方が主流になってくるかと思います。
世界各国の電源構成とCN電源比率を見ると、フランスが96%とすでに高いのは、送電線で他国に売電して調整できるからです。イギリスやドイツは風力や太陽光などの再エネが多く、フランスは原子力が多く、スペインは理想的な比率ですが今年ブラックアウトが起きたので変わるかもしれません。再エネ比率の多いイギリスやドイツ、オーストラリアは平地が多いからですが、日本のCN電源比率は34%と他の主要国と比べて低い水準で、風力発電の導入拡大や原子力の利活用などさらなる努力が必要です。
ガスが再エネへのトランジション電源としてある程度認められている理由は、LNG火力のCO2排出量は石炭火力に比べて半分以下だからです。再エネや原子力は運転中にCO2を排出しないので、LNGは極力使わないほうが望ましいのですが、原子力も課題が出てきています。日本の原子力発電所は中部電力(株)島根原子力発電所3号機と電源開発(株)大間原子力発電所以外新設の予定がなく、2040年代には60年運転を迎えるユニット(号機)が出現し、数が減っていきます。CN電源を維持するためには新設・建て替えの議論が必要です。7次エネ基の前までは再エネか原子力かという議論がありましたが、「再エネも原子力も」どちらも大事です。フランスでは議会報告書で原子力発電と再エネの協調が明記されました。日本もフランスのように、将来的には原子力発電は出力調整運転を実現して再エネを補完する役割へ変化していく必要性があると思います。
ロシア軍によるウクライナ侵攻以降、ロシアはフィンランドへの送電を停止し、エネルギーの自給自足の必要性が高まりました。世界では脱炭素やエネルギー自給率向上に資する原子力電源の重要性が再認識され、スウェーデンやデンマークなども方針転換し、新設や運転延長に向けた動きが起こっています。また、アメリカでは複数のDC事業者が電気事業者と契約を結び、原子力発電の電力を調達する動きが加速しています。実は日本でもGoogle、Amazon、MicrosoftといったDC事業者が現在停止している原子力発電所が再稼働したら電力を買わせてほしいという動きが出てきています。
日本では再エネの導入拡大に伴い買取費用が上昇し、2023年には4兆円を超え、防衛費約5兆円に匹敵する大きな金額になっています。電力需要は夏と冬に増加する傾向にありますが、太陽光発電は春、風力発電は冬に発電電力量が増加する傾向にあり、冬季の需給ひっ迫時は太陽光発電の供給力は期待が難しいと考えられます。他方、洋上風力の大量導入後は供給力が期待されていましたが、三菱商事が撤退したことで不透明になってきました。
再エネ導入拡大に伴い火力発電の除却が加速した結果、出力を調整して再エネを制御できる電源が不足していることも課題です。再エネの役割は火力駆逐ではなく、「燃料の焚き減らし」との認識が必要です。ただし火力電源の出力調整にも限界があり、一部では定格出力の12%まで出力を下げ、限界に達しつつあります。
コストの課題もあります。北海道・東北・九州では洋上風力の大量導入が見込まれ、国が送電線を新たにつくる構想を立てていますが、費用負担とのバランスが肝要で、イギリスでは再エネ拡大に必要な系統増強費用が電気料金高止まりの要因になっていると警告されています。さらに、再エネの新設コストも下げ止まりしています。日本では2032年以降、卒FIT*事業用太陽光が年々増加していくので、維持・向上に要する費用負担のあり方についての議論も必要です。
*再エネの固定価格買取制度(FIT制度)が満了すること。
日本の電源構成の7割以上は未だ火力発電が占め、火力なくして安定供給は不可能となっています。今後は自給率向上に向け、非化石電源の拡大が必要です。日本の輸入LNG/石炭はともにオーストラリアへの依存度が極めて高く(LNG:約4割、石炭:約7割)、チョークポイント*を通過するリスクがないメリットがあります。LNGの取引には必要な分だけ買う「スポット」と、巨額な施設開発から関わる「長期契約」がありますが、スポットは価格の変動が激しいデメリットがあります。CNの時代に長期契約を結びにくくなっていますが、エネルギー価格の安定化に向けて長期契約の確保は肝要です。
*戦略的に重要な海上水路。
石炭への投資引き揚げが進み、日本が輸入するオーストラリア炭は炭坑が終掘・閉山され、生産量の減少が見込まれます。老朽化する輸送インフラへの投資も課題です。石炭を安定供給する議論がしにくくなっていますが、ある日突然CNになるわけではなく、縮小する産業にも投資し、必要悪として買い支えなければならないジレンマが生まれます。日本ではLNG輸入量が一般炭輸入量よりも急激に減少し、LNG火力よりも安価な石炭火力が優先的に発電されています。現在、電源構成の約30%を担っているのは石炭火力で、夕方などの時間帯によってはさらに比率が高くなりますが、2030年にはCO2排出量の多い非効率な石炭火力発電所のフェードアウト(段階的な休止・廃止)に直面します。電力需要は不確実性が高いため、非効率な石炭火力も維持しながら「焚き減らし」が必要ではないかと考えます。
CN時代に向けたエネルギーベストミックスの議論は途上で、移行にあたっては複数の選択肢を残しながら議論を行っていく必要があります。7次エネ基ではエネルギー安全保障と、現実的なエネルギー移行が意識され、2040年までに再エネ(4〜5割程度)と原子力(2割程度)が伸びなかった場合には、LNG火力発電が主力供給力となる可能性が高いと見られます。CNを目指しながらもCNと反することをあえてやらなければならないのが、CN移行時代のジレンマなのです。
合同会社エネルギー経済社会研究所 代表取締役
1986年鹿児島県薩摩川内市生まれ、千葉県出身。学生起業への参画などを経て、2012年イーレックス株式会社入社。営業部、経営企画部に在籍、代理店制度構築、2016年の計画値同時同量対応、VPP事業調査、制度渉外などを担当。アビームコンサルティング株式会社で国内外電力市場・制度の調査・事業者支援を担当した後、2019年株式会社ディー・エヌ・エー入社。引き続き国内外電力市場・制度の調査を担当したほか、分散電源事業開発に携わった。2021年3月より現職。CIGRE会員、電気学会正員、公益事業学会会員、エネルギー・資源学会会員。