私たちが老いる意味、死ぬ意味とは何か。また、年配者(シニア)の幸せや、社会に期待される役割について、「人はなぜ老い、そして死ぬのか〜今、必要なシニア“力”とは何か〜」をテーマに、生物学がご専門の小林武彦氏(東京大学定量生命科学研究所教授)にお話いただきました。

生きものにはいろいろな死に方がありますが、必ず死にます。生物はなぜ死ななければならないのか? それは生物学の大疑問です。我々生物学者はわからないことがあると、その「進化」について考えます。なぜなら進化が生物をつくったからです。進化とは「変化(変異)と選択(適応)」を繰り返し、姿や性質が変化することです。約38億年前、RNAやアミノ酸などの有機物(生物の材料)が海底の熱水噴出孔の周りで起こった化学反応で合成され、生命が誕生しました。RNAは4種類のブロックがつながった長いひも状の分子で、配列を変えたり壊したりコピーをつくったり、変化と選択を繰り返して進化し、効率よく増える配列「ゲノム(遺伝情報、RNA/DNA)」ができあがりました。ゲノムが壊れる=死ぬと、私は考えています。医学の例では、ヒト早期老化症はゲノム(DNA)が壊れやすくなり、寿命が短縮します。生物学の例では、DNAが壊れやすいネズミは寿命が短く、DNAが壊れにくいヒトは長寿命です。つまり、生物はなぜ死ぬのか? メカニズムとしてはゲノム(遺伝情報、DNA)が壊れることが要因と考えられます。一方、死の意味としては、進化の結果できた生物は最初のRNAの時代から死ぬようにできているので、死があるものだけ進化できて存在していると言うこともできます。進化のためには世代交代で死ななければいけない、これが生物が必ず死ぬ理由です。死は自分にとっては少しもいいことではありませんが、長い目で見ると、死は進化のために必要な究極の利他的な行為なのです。
日本は世界一の長寿国です。2025年11月17日現在、ご存命の日本最長寿者は114歳の賀川滋子さん(明治44年生まれ)で世界第5位です。100歳以上の方は日本では約10万人、そのうち約9割が女性で、毎年2,000〜3,000人ずつ増えています。私が生まれた昭和38年は62年前ですが、100歳以上の方は153人しかいませんでした。OECD38カ国でも高齢者数がほぼ右肩上がりに増えているなかでも日本は約20年間ずっと1位で、シニア人材は世界一豊富と言えます。日本人の生存曲線の年次推移(グラフ)を見ると、戦後まもない1947年では若い方と高齢者の死亡率はほぼ同じでした。現在では女性が70歳で同窓会を開くと、ほぼ全員に会えるほど長生きです。このグラフから、平均寿命が延びていることと、平均寿命は延びても最大寿命は変わらないことがわかります。女性は90〜100歳の間に約6割の方が亡くなり、男性は85〜96歳の間に約4割の方が亡くなります。これが生理的な死を迎える寿命の限界と考えられます。
「老い」はヒト特有の生理現象であることをご存知ですか? 野生の哺乳動物51種の「生殖可能な(メスの生理がある)期間」と「閉経後の老後期間」を見ると、「閉経後の老後期間」があるのはシャチ、ゴンドウクジラ、ヒトだけです。哺乳動物は一般的に生涯子供が産める、つまり老後はありません。ヒトと99%遺伝子が同じチンパンジーも閉経時期はヒトとほぼ同じですが、閉経後に亡くなります。なぜヒトだけ長い老後があるのか、この疑問も「進化」から考えてみましょう。
約700万年前(約30万世代前)、ヒトとサルの共通の祖先が進化の歩みを始めました。約200万年前(約10万世代前)、ヒトは体毛が抜け始め、火を使い始めました。体毛が抜けると赤ちゃんが背中にしがみつけず、お母さんはいつも抱っこしないといけないので両手が使えません。お父さんは狩猟や採集に出かけて家にはいないので、子育ては集団で行い、おばあちゃんが手伝っていました。一方でおじいちゃんは経験・知識が豊富で私欲が少なく、集団をまとめる力がありました。よって、おばあちゃんやおじいちゃんが元気で長生きの家庭や集団は栄え、いい年配者(シニア)がいる集団が生き残ってこられたと考えられます。文明が高度になるとますます知識の継承や教育に年配者(シニア)が活躍するので、いい年配者がいる集団はますます栄える→集団が豊かになると年配者(シニア)はますます元気になるという寿命延長の正のスパイラルが起こった結果、ヒトはチンパンジーの約2倍の寿命を手に入れたと私は考えています。
集団には公共のために努力できる人が必要です。老いは「利己から利他への意識の変化」をもたらします。つまり老いとは、社会貢献のために獲得されたヒトだけの特徴なのです。ですから我々は胸を張って老いましょう! 年配者(シニア)は集団のなかにいて、自分の経験や知識を集団のために力を貸すというのが元々の役割なのです。
生きていなければ「死」も「老化」もありません。では、生物が生きている意味は? そんなものはありません。偶然できたが答えになります。宗教的でなく生物的に考えると、何か使命や意味を持って生かされているわけではなく、本能によって生かされている、生存本能なのです。生物に主体的な存在意味はありませんが、他者(親、子、パートナー、エサ、住み処など)にとっては意味があり、生物は相互に利他的な存在です。とはいえ、ヒトの場合には主体的に生きるモチベーション、自己の存在を肯定する理屈(目的)が必要です。それは一言で言うと幸せになるためですが、ヒトの幸せは多様です。根源的な幸せ、生物共通の「幸せ」とは、生きていること=死なないことと、食べること、ほかから食べられないこと、「幸せ」=死からの距離が保てている状態(死からの距離感)です。また、ヒトの場合の「幸せ」に必要なものは、自分や大切な人が健康で安全、安心に暮らせることです。●衣食住●災害対策●インフラ(行政)・学校・病院●電気・ガス・水道●各種コミュニティ(企業)、さらに皆さんが活動されている地域コミュニティの充実も必要です。
では、現代人は「幸せ」なのでしょうか? 平均寿命は長くなり、肉体的には死からの距離が遠い=「幸せ」ですが、精神的にはどうでしょうか? ヒトは将来を予測・推察できるので、いじめ、孤独、社会不安、格差、閉塞感、承認欲求などについていろいろ考え、自殺する人もいます。約700万年のヒトの進化の歴史のほとんどの期間は「狩猟・採集」のため集団で生活し、共有し、全てをさらけ出し、助け合って生きてきました。集団生活には正義・公平・貢献・共感が重要だったので、遺伝子に刻まれているのです。しかし、約1万年前から「農耕・牧畜・定住」に変わり、家や財産ができることで格差が生じ、争いが起こり、階級制がつくられました。集団で狩猟・採集をしていた縄文時代ぐらいまでは平和だったのが、弥生時代から革命的に変わった、私はこれを「弥生格差革命 YKK」と呼んでいます。YKK以降、これまでの「幸せ」パターンが崩壊しました。正義・公平・貢献・共感が空回りし、信頼感が欠如して不安、警戒、孤独、行き場のない承認欲求を抱えるようになりました。つまり今は社会と遺伝子の不適合が起き、精神的な死からの距離は縮むばかりです。我々は元々集団のなかで生きてきたので、コミュニティの価値の再考が必要です。
それでは、死からの距離が短くなった年長者の「幸せ」とは? 長生きして何かいいことはあるのでしょうか? あります! 「老年的超越」とは85歳以上の人が持つ心理特性のことで、スウェーデンの社会学者、ラルス・トルンスタムが1989年に提唱した概念です。物質主義的(合理的)、自己中心的、競争的、現実的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的な世界観への意識の変化を意味します。簡単にいうと以下の3つが代表的な特徴です。
【85歳以上の人が持つ心理特性】
1.感謝の認識 他者に支えられている認識と他者への感謝の念が強まる「皆様ありがとう」
2.利他性 自分中心から他者を大切にする姿勢「お先にどうぞ」
3.肯定感 肯定的な自己評価やポジティブな感情「私はこれでいい、まちがっていない」
85歳以上になると、十分に生きた満足感と幸福感から、いつ死んでも悔いはないと思うことで、死に対する恐怖も消失します。利己から利他、さらに公共へ、そして最終的に自然との一体感を感じて生涯を終えることができれば最高です。我々は老年的超越を目指し、幸福感に満ちた心境に達するまで頑張って長生きしましょう。それまで胸を張って元気に生きて、いろいろなことに参加して、これまで培ってきた経験や知識を社会のために役立てていきましょう。
東京大学定量生命科学研究所教授
神奈川県横浜市生まれ、静岡県三島市在住。九州大学大学院修了(理学博士)。基礎生物学研究所、米国ロシュ分子生物学研究所(製薬企業)、米国国立衛生研究所、国立遺伝学研究所、東京工業大学などを経て現職に至る。日本学術会議会員。生物科学学会連合代表、日本遺伝学会会長などを歴任。伊豆の海、箱根の山そして富士山をこよなく愛する。著書にベストセラー「生物はなぜ死ぬのか」(講談社現代新書)、「DNAの98%は謎」(講談社ブルーバックス)、「寿命はなぜ決まっているのか」(岩波ジュニア新書)、「なぜヒトだけが老いるのか」(講談社現代新書)。近著に「なぜヒトだけが幸せになれないのか」(講談社)。