<楽観的になりたいなら、客観的になることだ> 斎藤茂太(精神科医)
「アメリカの医療費はなぜ高額なのですか」と講演に行くと、最近よく聞かれる。講演内容が医療でなくても、聞かれる。質問者はデータをお持ちで、「腹痛一泊入院で250万円」「CTスキャンで200万円」等々。ご提示のデータは正しいと思うが、これでアメリカの医療費は日本の100倍と結論づけるのは安易である。
U.S. Census Bureau 2021によると、2021年の国民一人当たり年間医療費は、米国12,914ドル、日本4,666ドル、英国5,387ドルである。米国は日本の約2.7倍であり、決して100倍ではない。
アメリカは民間医療保険の国で、自営業の人は希望する民間保険に加入し、高齢者や低所得者、障害者用の公的保険も少しある。企業人は企業の保険に入る。このような保険の網からこぼれた人に、冒頭の何百万もの請求が発生する。自営業の人が加入した保険に自分の疾病が含まれていなかった、という場合は当然網からこぼれる。よく聞く話だ。しかし、万全と思われる企業人でもリスクは存在する。実際、私は現地の病院で一泊入院の企業人への1,800万円もの請求書を見たことがある。
入社後、社員は最低6ヵ月の給料明細の提示を医療保険会社に求められる。最近では90日以内にせよ、という法案を可決した州もあるが、この間無保険者となる。「アメリカで救急車に15万円払った。2回目は21万円請求されたが、支払いはタダだった」という発言の訳がお分かりと思う。ところで救急車の価格が変わるのは、長距離になるほどエネルギーコストがかかるためだ。都会では安価に、過疎地では高額になる。その他の医療品も運搬エネルギーコストが反映され、絆創膏ひとつでも請求額に差異が出る。
ところで、私のアメリカ人の知人からは冒頭の高額発言を聞いたことがない。カリフォルニア州の病院の医師に聞いてみたところ、カリフォルニア州では保険により平均で企業が成人の医療費の80%、子どもの70%を負担しているという。 アメリカの医療費は日本の100倍ではないけれど、高額請求の影にはエネルギーコストも潜んでいる。
(2024年9月)